芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

映画俳優「リバー・フェニックス」について 〜青春の記憶〜

いろいろ悩んで、今日は、この方について書きます。

 

私は、若い頃より、故・(俳優)リバー・フェニックス…君のファンです。

彼は、1993年、23歳の若さで、亡くなりました。

もうすぐ彼の命日(10月31日)です。

 

スタンド・バイ・ミー

「モスキート・コースト」

「旅立ちの時」

等の作品の中での彼は、一ファンの私にとっても、本当に眩しい存在でした。

 

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このイラストは、若い頃「ジミー」という映画の写真を見て、私が描いたものです。

 

亡くなった当時、彼は、「ダーク・ブラッド」(核問題について取り上げた映画)という映画を撮影中で、その映画の次には、「インタビュー・ウイズ・バンバイア」(トム・クルーズブラッド・ピット出演)に「バンバイアにインタビューする、インタビュアーの青年」役で出演する予定でした。 

 

彼の、突然すぎる、若過ぎる死は、世界中のファンに大きなショックを与えました。

彼は、賢く、美しく、優しく、多才で、センシティブで、非常に魅力的な青年でした。

彼の遺作となった「ダーク・ブラッド」の中で、彼の役は名前で呼ばれる事はなく、「ボーイ」呼ばれる存在でした。

 

私は、「おっさん」と呼ばれる年齢の、彼の映画が観たかった。

彼がインタビュアー扮する、「インタビュー・ウィズ・バンパイア」を観たかった。

クリスチャン・スレイターさんも大好きですが)

老け込んでも、中年太りしても、結婚離婚を繰り返していてもいいから、47歳の彼に存在していて欲しかった。

「リバー君」ではなく、「リバー・フェニックスさん」と、生きている彼を(ファンとして)呼びたかった。

 

死因は、「麻薬中毒」という事で、当時私は、テレビや映画雑誌の記事から、真相を判断するしかなく、なんとなく「本人の自業自得」のような事になっていたような気がします。ですが、彼のような才能豊かな若者に、ハイエナのように群がり、足を引っ張ったり、貶めようとする連中が、少なからずいたのではないかと思えてなりません。

 

子供達、若者達の肉体と精神が、大人たちによって潰されてしまう世の中ではなく、健やかに成長できる世の中であって欲しいと、切に願います。

 

お付き合いくださり、ありがとうございます。m(_ _)m