芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

少女のころ(18才・春) 〜 いざ、決行! 〜

こんにちは!

今日は、前記事の二日後の話です。

 

 

 

「同級会」の後、おそらく私は、その二日後の夜くらいに、第二の計画を実行する事にしたと思います。

さすがに、昨日の今日…というのは、どうなのだろうという思いと、

そもそも、別の高校だったにもかかわらず、やはり

「彼が東京にたつ」ことへの動揺、ショックをできるだけ鎮めるために、少し時間が必要でした。

そして、グズグズしている間に、彼が東京に行ってしまったら、元も子もないとも思いました。

 

贈り物をしようと作り始めてからも、ずっと迷いはありました。

すぐそこの未来にすら、何の計画も目標も持たない自分に、こんな事をする資格があるのだろうか?という罪悪感が、絶えず波のように押し寄せては引く…という感じでした。

 

とにかく、

「せめて、贈り物は受け取ってほしい」

と思いました。

 

しかし、30年前には、存在しなかったものがあります。

そう

 

「携帯電話」

 

です。

 

その代わり、(今の事情は知りませんが)

 

名簿(生徒の住所・電話番号)

 

というものは、当たり前のように存在していました。 

 

そんな訳で、当時の私は、彼の自宅の電話にかける事にしたのでした。

 

それは、ある意味で言う所の

ロシアン・ルーレット🔫」ならぬ

ロシアン・ルーレット・テレフォン」

と、言えたでしょう。 

 

その御宅の、家族構成もよく知らない

誰が出るか、わからない

そもそも、彼が、家にいない可能性もある

相手は、私が電話をかける事を、微塵も予期していない

 

 そのような条件の中、

 私は「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」

という精神で、彼の御宅の番号を、間違えないように慎重に押していきました。

 

かかった!(かけてしまった!)

数秒後、電話がつながり、受話器から私の耳に入ってきた声は、女性の声でした。

 

(ひゃーーーーお母様!!??…にしては、声が若い…かな…?)

と思いつつ、私は、中学の同級生の⚪️⚪️と名乗り、⚪️⚪️君はいらっしゃいますか?

と、伝えました。

 

私自身も心臓バクバクでしたが、

「ちょっとお待ち下さい」という可愛らしい言葉の後、保留の切り替えもなかったため、相手の御宅の動揺も、少し伝わってきました。

確かこんな感じでした。

 

ちょっと、おにいちゃん、女の子から電話だよ(可愛い小声で)

え、誰?

…という感じのやりとりが、聞こえてしまいました。

はじめに電話に出てくれたのは、妹さんだったんですね。

 

その後、彼が電話に出てくれました。

2日前に、同級会で顔を合わせてはいましたが、私は、名乗りました。

 

「あ、こんばんは。突然電話してごめんね。中学の同級生の、⚪️⚪️です。

…あの、実は…ちょっと、渡したいものがあるんだけど、

一度、会ってもらえないかな?」

 

すると彼は、

「…ああ、うん、いいよ」

みたいな事を言ってくれたと思います。

 

その後、二人で相談して、ちょうどお互いの家の真ん中くらいの場所に、次の日の夜7時頃、待ち合わせる事にしました。

 

私たちは、お互いの家がどこかを知りませんでしたが、小学校も同じ小学校だったので、町名を見れば、大体どのへんかも、さして遠くはない事も、分かっていたのです。

 

電話を切った私は、

とりあえず、拒否られなくて良かった(ほっ)

と、胸をなでおろしたのでした。

 

お付き合い、ありがとうございます。