芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

少女のころ(18才) 〜4月のころ〜

こんにちは!

今日はもう1記事。

自分の記憶の記事に戻ります。

 

 

 

前回、私は、電話の結果、彼の新住所を教えてもらったことを書きました。

 

私からの電話、贈り物、彼からの電話。

その三日間のやりとりは、3月末から4月の初旬にあった出来事だったと思います。

 

正直、私は、そのなりゆき(?)を、100%素直に喜べませんでした。

なぜなら、自分がその時点で、何の前向きな「未来予定図」を持たない立場だったからです。

正直、私個人は、その時点では、まだ、「浪人して進学」と言う選択肢も、あきらめきれていなかったと思います。

でもやはり、不器用な私には「美術を学びたい」という気持ちしかなく、両親がもともと望んでいたような「家から通える、普通の短大」を受験するという気持ちにもなれませんでした。そのための受験勉強も、するきになれませんでした。

いろいろ悩んだ末、私は「美術系の専門学校にいかせてほしい」と、提案もしました。そのほうが現実的だと感じたからです。(その学校は東京でした)

確かその頃だったと思うのですが、私は、両親に

「今までに描いた絵で、自信のあるものを、何枚か用意しなさい」と、言われました。

両親は、勝手に、(両親も私自身も、縁もゆかりもなかった)地元のカルチャー・センターの絵画教室の先生のところに(おそらく、ノーアポで)私の絵を持ってあいにいき、いきなり

「これらの絵をかいた娘が、美術の学校に行きたいと言っているのですが、娘に才能はありますか?(その資格・価値がありますか?)」

というような内容の質問をしたらしいのです。

今の私は、その時の両親の行動は、とても非常識なものだったのではないか?と思います。

その後、鬼の首を取った…とでもいうような、満足げな形相で帰ってきた父が、私に次のような内容のことを報告しました。

 

「そこの先生は、『美術を甘くみていて、なんの自信も覚悟もない人間は、美術を志す資格はない』といっていたぞ!お前の絵を見ても、何も褒めなかった。そういう事だ。あきらめなさい。」

 

もともと、両親の時代の人々には、そういう価値観は多かったとも思うのですが、二人はあくまでも

「自分たちのような庶民にとって、『芸術』とは、見る・聴く・楽しむ事であっても、『やる』資格のないもの」でした。

 

でも、うちの両親に、私の希望を叶える経済力がなかったわけではありません。

彼らの主張は、あくまでも

「お前に素質がないから」

「お前の提案が、非現実的だから」

というものでした。

 

その一方で、こう急き立てるのです。

 

高校卒業した娘が、何もせず、家にいるのは体裁が悪いから、恥ずかしいから

 

とにかく

 

働きに出なさい

 

と、私を追い詰めました。

 

今日はここまでにしておきます。