芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

少女のころ  〜 LET ME 〜

こんにちは!

今日も記憶の続きです。

 

 

 

手紙の内容について、母(電話で)か、その場所の責任者か、どちらに先に相談したか、はっきり覚えていません。

しかし、どちらの大人も

「それは良かったね」

といった、明るい言葉がけをしてはくれなかった事は確かです。

どちらの大人も、冷静さを保ちながら、苦虫をかんでいるような表情、口ぶりだったような気がします。 

 

 大人たちの反応に戸惑いながらも、私は必死でお願いしました。

私は自分に責任を持って、バスにのり、電車に乗り、またバスに乗り、1人で実家に帰れる状況でした。

彼と会うことについても、責任を持って行動できるつもりでいました。

私たち2人だって、(同じ干支であれば)その年のうちに20歳を迎え、翌年には、成人式を迎える年齢だったのです。

 

はっきりとした事は、覚えていないのですが、とにかく、相手から返事がきてから判断、行動するように言われたと思います。

 

なので、私は「待ち」ました。

毎晩、実家に電話をして、母に尋ねました。

「手紙届いた?」

「何もとどかないよ」

そうした連絡を、数日間続けました。何日間だったかは、覚えていません。

しかし、そうこうしている間に、3月中旬にはなっていったのではないかと思います。

 

私は母に尋ねました。

 

「本当に、何の連絡もないの?」

母「ないんだから、仕方ないでしょ。急に、事情が変わったのかもよ」

「そんなこと、ないでしょう?」

母「気が変わったか、あちらに彼女ができたんじゃないの?」

「…だったら、なんで、帰省するからあわないか…なんて連絡をよこしたの?」

 母「…もしかしたら、別れ話のために会おうとしてたのかもよ」

…別れ話…て、私たち、文通しかしてないよ?

母「だから、そういうことが、面倒くさくなったんじゃないの?」

 …

「そもそも、あんた、東京生活に、勝てるつもりでいたの?」

うんぬんかんぬん…

 

一言一句、この通りだったとは思いません。でも大体のニュアンスは、このようなものだったと思います。少なくとも、娘に対する

「いたわり」や「慰め」「励ます」ような言葉はありませんでした。

 

こうした言葉が、実の母から

自信、行き場、友達をなくし、知り合いのいない場所で、それでも懸命に暮らし、人生初の、深い失恋の不安におびえている娘の耳に、受話器ごしにあびせられました。

 

そして私自身、大きな判断ミスをしていたかもしれません。

私は彼が、今回も、「手紙」という手段で連絡をしてくるだろうと思い込んでいました。

 


Morrissey - Please, Please, Please, Let Me Get What I Want (Live at the Hollywood

Bowl)

 

歌詞の和訳はこちらで確認させていただきました。

https://lyriclist.mrshll129.com/thesmiths-please-please-please-let-me/

 

 

いったい、母が、私たち2人の何を理解していたというのでしょう。 

 

このような話になってしまい、大変失礼しました。