芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

少女のころ  〜 自分だけの〜

こんにちは!

今回も記憶の続きです。

 

 

 

今にして思うと、

ただ「友達と会うことになったから、一時、帰宅したい」

とでも、言えばよかったのかな、とも思います。

当時、あの環境で、それが通用したのかは、永遠の謎ですが。

 

当時の自分が、いかに、冷静さ、判断力、想像力などに欠けた、未熟な子供だったか。

改めていろいろ思うところがあります。

そして、何よりも欠けていたことは、

「自分には自分らしく生きる権利があり、愛し愛される価値があるという自信」だったと思います。

今でしたら、

「自己肯定感」というのでしょうか?

(私は、自分が育児をする様になって、育児書で初めてこの言葉を知りました)

 

連日の、母との電話での不毛な話し合い。

「手紙も何も、連絡はない」

「(あんたが)東京生活に負けたのだ」

「(あんたの)魅力不足」

「(あんたの)努力不足」

「相手の心変わり」

「いい加減、(それを)認めなさい」

「あんたが、身の程知らずな事するから(贈り物)こんな惨めな思いをする事になったのだ」

「(家に)帰る理由がなくなったのだから、(今は)帰ってくるな」

 

このような状況でしたので、

私は、家に帰ることもできず、

私にはもう、もう一度手紙を書くことも、相手の自宅に電話をかける勇気もありませんでした。

連絡がないという事は、相手になんらかの事情ができたのだろうと思いました。

相手が決断した事なら、仕方がないと思いました。

 

 その様な状況が、私達が18歳の春に一度会ってから、ちょうど約一年後の春でした。

 

それ以来私は、その出来事、記憶に、ずっと蓋をしてきました。

 

50年近く生きてきましたが、今住んでいる家以外に、私にとって、本当の意味で

「我が家」と呼べる家はありません。 


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いつも、B’zのお二人、稲葉浩志さんの詞と松本孝弘さんの曲は、聴いた全ての曲が私の五臓六腑に染み渡ります。

 

ありがとうございます。