芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

少女のころ(19才)  〜望まなかったもの〜

こんにちは!

今回も記憶の続きです。

(すみません、もうしばらく、結論的な事を書かせて頂きますm(_ _)m)

 

 

結局私は、少なくとも4月には、家に帰らせてもらえませんでした。

そのころは、かなり参っていたと思います。

記憶が曖昧です。

 

ただ、私は、初デートで見に行きたいと思っていた映画を、地元の映画館に見に行った記憶が、薄っすらあるのです。

でも、その男性と行っていない事は間違いないし、一人で行ったか、女友達と行ったのだと思います。そしてそれは、5月以降の事だったのだろうと思います。

なので、そのころ一度、家に帰ったのだと思います。

そんなころに帰っても、私には何の意味もありませんでした。

 

春は終わっていました。

 

1、2日家にいたかもしれませんが、私はまた母の言動に腹を立て

「もう、私はあっちへ帰る!!!」

という捨て台詞を残し、家でもない場所へまた戻りました。その時の私には、他に行ける場所がありませんでした。

 

おそらく、その後だったと思うのですが、

おそらく、6月ごろ、私宛の手紙が届きました。

でも、それは私が、春の間ずっと待っていた人からの手紙ではありませんでした。

 

母からの手紙でした。

内容は、だいたい次の様なものでした。

 

「私は、あなたを妊娠した事がわかった時、宝クジが当たったくらい嬉しかった。あなたは大事な娘だ。あなたは、好きなものがたくさんある様だから、応援するから、これからもがんばってください。」

 

私はその手紙を読んで、号泣してしまいました。

今思うと、ばかばかしいです。

 

今にして思うと、その手紙は、およそ母らしくない内容でした。

もしかすると、私があまりにも参っていたので、その場所の責任者から、提案されて、しぶしぶ書いた手紙だったのではないかと推測しています。

要するに、の手紙です。

 

おそらく7月ころ、その場所の責任者との面談で、私はこう言われました。

「もうそろそろ、(いい加減)家に帰ったらどうですか?」

 

…は?????

(帰るな帰るなのあとは、いい加減帰ったら?…ですか?)

 

「その代わり、1か月以内に、正社員としての就職先を決めましょう。」

 

…は????

 

そこに、学問的な進路設定の提案は、一切ありませんでした。

 

訳も分からず、家に帰り、待っていたのは、期限付きの就職活動。

親も親で、私の希望的な事には、いっさい聞く耳をもたず、

 

「あんたを雇ってくださるところを探せ」的な方向に持っていく。

勝手に

「ここや、あそこの面接に行け」と、せまってくる。

 

あなた、手紙で

「あなたは好きなものがたくさんあるから、がんばってください」

って書いていたではないですか?

 

家に帰って待っていたのは、私のいた場所の「働くことが大事」という方針に、さらに勇気付けられた両親による

「とにかく(地元で)働け!!!」攻撃でした。

 

いったい私は、何のために、大切な19歳の半年間を、そのようなところで暮らさなければならなかったのでしょう。

 

という訳で、今日の心のBGMは、こちらです。

本当は、爆風スランプの「ちゃんちゃらおかP音頭」という歌の動画にしたかったのですが、見つからず、無理だったので、こちらにしますm(_ _)m。


爆風スランプ 無理だ!

 

失礼しましたm(_ _)m。