芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

20代   〜 今はこれが精一杯🌹 〜

こんにちは!

今回は記憶の続きです。

 すみません、最初の予定に反して、20代の事も書いておりますが、そこも書かないと、最終的な結論の説明ができない事に気がつきました。m(_ _)m

 

 

 

結局、私は「おじさん(親会社の社員でした)」のいる職場を辞め、地元にある資格取得をするための学校に数ヶ月通い、事務職に有利な資格を取りました。そのおかげか、私は、割とすんなり転職する事ができました。

 

おそらく、その前後頃からだと思いますが、退職を機会に「おじさん」とは疎遠になってしまいました。

 

退職後も「おじさん」は、私を心配して何度か家に電話をくれました。

しかし、「おじさん」への態度も豹変させる両親。

 

「(所帯持の)あなたが、家を出入りするのは、体裁が悪いですから」

 

…一言、言わせてください。

 

そんなの今までもわかってた事じゃないですか!!

 

念のため書かせて頂きたいのですが、「おじさん」は、庶民的で飾らないお方ながら、非常に紳士的でした。

私を(運転の練習等で)外に連れ出す時は、いつでも、オープンに、親にちゃんと説明、許可を得て

「娘さんを責任持ってお預かりします」

的な事を言ってくれていたように思います。

 

映画「マイ・インターン」のデ・ニーロさんレベルに、優しく紳士的でした。

まだ40代でしたが。

obachantoarts.hatenablog.jp

 

今にして、つくづくと思うのですが、あの時の両親の「おじさん」への態度は、非常に失礼で無神経なものだったと思います。

 

私にしてみれば、散々、職場の悩みや、免許取得の件で、自分たちができない部分をこれ幸いとばかりに押し付けておいて、自分たちが望まないような

「娘の自立」の後押しなどを始めた途端、

「迷惑です」「もう来ないでください」

ですよ。

 

 それでも、おじさんは

「わかりましたが、最後に一度だけ、娘さんと会って話をさせてください」と言ってくれたと思います。

どこで話をしたか覚えていませんが、(両親の監視の目がある)家の中では、なかったと思います。その時、おじさんが私に言ったことは、おそらく、

「もう⚪️⚪️さんは大丈夫だから、良い子だから、自信持って、仕事も恋愛もがんばって、幸せになりなよ」

というような、言葉だったように思います。 

 

今書いていて思ったのですが、そうした言葉は、実の父の言葉より、ずっと健やかな「父性」に溢れた言葉だったと思います。

 

それから「おじさん」は、家にこなくなりました。

もちろん、私は「おじさん」の家の電話番号も住所も知らなかったし、知っていたとしても、こちらから連絡を取れる立場ではありませんでした。

 

という訳で、「おじさん」「おじさん」連呼していましたら、自然にこの曲が脳裏をよぎりました。


炎のたからもの LIVE ver. "Lupin the third"

 

すいません。この曲大好きなんですよ。 

もちろん、アニメ映画「カリオストロの城」も、大好きですよ。 

 

現在の私は、「あらいぐまラスカル」の「クラリッサおばあさん」に近いでのすが、当時の私は一応「嫁入り前の若い娘」でしたし、「クラリス」との共通点は、「無理解な大人達」のせいで、「自由と人生を奪われそうだった」という点ではないかなと。

 

私はずっと、自分は「家庭」と「良き師匠」に恵まれなかった…と、嘆いていたのですが、私にとって当時の「おじさん」は、初めて出会った「良きおっしょさん」だったのではないかなと、今になって思います。

「おじさん」は「人に優しくするとは、どういう事か」について、「常によく考え、実行したいと欲する」習慣を、私に教えてくれたのではないかなと思います。

 

お付き合い、ありがとうございました。