芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

20代   〜 「書類」ではわからない事 〜

こんにちは!

今回も記憶の続きです。

申し訳ありません。早く終わらせるよう、努力します。m(_ _)m

あまり積極的に語れる内容ではないとも思うのですが、お若い世代の皆さんにも同世代の皆さんにも、反面教師な親子関係として、多少でも参考になる部分があるといいなという気持ちもあり、書いています。

 

 

 

20代中盤の私は、親からの圧力もあり、腰掛け(←今は死語じゃないですか?)的な仕事をしながら、親がすすめるお見合いをし始めました。

 

ある意味、心がガス欠気味だったため、親に反抗するエネルギーも不足していました。

何よりも不足していたのは「自信(自己肯定感)」でした。

しかしながら、前職と違い、体力的・時間的に余裕が生まれたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。(もっとはやくそうなるべきだったと思いますが)

 

すごく迷ったのですが、今日は、その頃(22か3歳頃)お見合いさせられた中の1エピソードを書きたいと思います。

 

両親の書類審査(のみ)を通り、相手も私の書類を見た上で、お見合い(一対一)をした人です。一度しか会っていないと思いますので、断片的な記憶です。

 

その人について私が覚えていることは、

次男さん

職業は覚えていませんが、おそらく収入は安定している系

年齢はアラサー

容姿は…アラサー(どちらかというとメタボ系)

 

だったと思います。

 

なぜ私がそのお見合いについて書こうと思ったかというと、その相手が男として

とても(おそらく全ての)女性に対して

非常に無神経で軽蔑的(上から目線)

だったと思うからです。

私よりも収入や歳が上だということは、理由にならないと思います。

 

まず、初対面の私に対し、会ってすぐにその人はこう言いました。

 

「⚪️⚪️(体の一部)綺麗だね〜(チャラけー)」 

 

そのあとどこに行ったかは覚えていませんが、最終的にバーに連れて行かれました。

そこで、根掘り葉掘り聞かれ(したくもない)話を(ポツポツと)させられたあげくのことです。

 

「あんた、子どもだねー  ⚪️女 でしょー(そうに違いない、バレバレだよ!)」

 

本当に世間知らずな私でしたが、この言動には二つの意味で驚きました。

 

なんて無神経で下品な人だろう!

 

それと同時に、思いました。

 

22、3歳で⚪️女ということは、そんなにも恥ずかしい事なのだろうかと。

 (念のためですが、この話は、90年代前半の事です)

 

そんな訳で、(バカバカしい見合いでの)その事が私の自己否定をさらに深める事になりました。

恋愛する上での負い目、ある意味トラウマになってしまいました。

 

そういえば、私がハイティーンの頃、こんな歌が流行っていました。

とてつもなく下品で不愉快な歌詞です。 

www.utamap.com

 

私はいまだにこの歌の意味がわかりません。

 

こうした歌が公共の電波を通して流行ったり、高度成長期やら、バブルやらで、その当時も、いろいろな面で競争社会で、ある意味「マテリアル」というのでしょうか?物質主義的な時代だったのではないかなと思います。

 

私が不本意ながら、その当時、そうした偏見に晒されたのは、時代がそのように大きく変化していた一方で、「昭和一桁生まれ」の40歳近い「仮面夫婦」の元に生まれ、「(密かなる)跡取り娘」として養育された事も、大きな要因だったと思います。

 

私もそうですが、今では「晩婚」「高齢出産」当たり前の時代となりましたが、私の両親が私を産んだ頃は、そういう価値観がなかったのです。

 

私ばかりでなく、多くの女性が、バカバカしい風潮や価値観によっていたずらに翻弄・侮辱・不幸な目にあったかもしれないと思うと、非常に悲しくなります。

 

そのバカバカしいお見合いで、その馬鹿げた話のあとに、その店を出ました。

私はさすがに自分で自分を哀れに思い、その無神経な男に、最後にこう反論した事を覚えています。

 

「思う人には思われなかった だけ です!」

 

そして、やはり恋愛について思うのは、

年頃になったから「相手見つけろ!」「売れ残るな!」「急げ急げ!」

と周りが言うのは、いかがなものかなと。散々邪魔しておいて。

 

私の経験では「異性を好きになる」という事は、ある意味、

「そういうものではない」

と、思うのです。

私は、どちらかというと、そういう事に対して「ドライ」になれない、ある意味不器用な人間です。

 

と、いう訳で、今日のBGMはこちらにしてみます。

特別に好きという曲ではないのですが…

当時(1988年)は「ドライ」な人間が(男女問わず)理想とされていたのですかね?


[ Dry・Dry ] 1988 Masayuki Suzuki

 

不愉快な話で長文となり大変失礼しました。