芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

20代   〜 まっちめーかー 〜

こんにちは!

今回も記憶の続きです。

PCの調子が悪く、いつまで機械がもつかわからないので、できるだけ書こうと思います。

 

 

前回の記事を書いていて思いました。

記事の中で取り上げた、最悪に下品な歌ですが。

改めて歌詞を読んでいても、不愉快すぎて気分が悪くなりました。

読者の皆様、申し訳ありませんでした。

 

あの歌は、

女性が本来持っている魅力・健やかな自尊心ばかりでなく、男性が本来持っている魅力・健やかな自尊心をも、貶めているのではないか

と感じました。

 

そして、改めて思ったのは、突然始まった両親による「お見合い攻撃」の問題点です。

 

誤解のないように、書いておきたいのですが、私は「お見合い」という「出会い」を全否定するつもりはありません。そして「自由恋愛」が全て…というような、価値観でもないと思っています。

 

ただ、我が家においての「お見合い方法」のダメダメ点は

 

両親が相手を「履歴書だけで」判断した事。

両親が相手の「人柄」を重視しなかった事。

両親が、「人柄」は「履歴書」にくっついてくるものだろうと盲信していた事。

 長男とは、絶対にお見合いさせなかった事。

 

…ようするに、(娘のお見合いを判断する特権を持っていた)

両親にも 人を見る目 がありませんでした。 

 

そして、

両親が、自分たちの娘を、病的に過小評価しすぎていた事。

 ではないかと思います。

 

このような、狭量な条件をいくつも抱えた状況で、親が(息子・娘)に強いる縁談・お見合いは、私の経験した事から考えると、結局のところ、その事に関わった複数の人がいたずらに傷つき、不愉快な思いをする事にもなる可能性があります。

 

当時の私の場合は、履歴書だけで(親が)会うか会わないか判断し、間に人を介せずに、直接二人で待ち合わせて会うケースがほとんどだったので、前回の記事に書いた様な不幸な経験もしなければなりませんでした。

 

おそらく、親たちはこう思っていたのではないでしょうか?

 

「別に、2、3回会うくらい、なんでもないでしょ?減るもんじゃあるまいし」

 

でも私は、そういう、たいして乗り気でなかった、そうしたお見合いですらも、何か大事なものが無自覚なところで失われていたような気がします。

 

女性に限らず、男性だって傷つく事もあるのではないかなと思います。

 

私の場合は、特にその「条件狭なお見合い攻撃」が、うまくいかなかったケースなので、しょっちゅう地元で、別な男性と(本当は強いられたお見合いなだけなのに)デートしていると、誰か知り合いに見られていたとしたら…と、今更のように思うと…切ないです。

 

今思うと、あの状況の見合いの中で「この人は」と思える人と出会えていたら、それこそ、母が私を授かった時の事を手紙で表現した様に

「宝くじに当たる」

くらいの

「ミラクル」

だったのではないかなと。

 

と、いうわけで、今日のBGMはミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」より

「奇跡の奇跡」…と思ったのですが、見つからなかったので、

 

 

ディズニー映画「ムーラン」よりこちらの曲を。


家に名誉を (ムーラン)

 

私は、ムーランを見た時、ある意味「他人事」と思えませんでした。

このシーンが特にです。

 

私は「屋根の上のバイオリン弾き」と「ムーラン」で

マッチメーカー(お仲人さん)」

という英単語を覚えました。

 

最後に、こちらの本について、また書きます。 

「自分がない大人」にさせないための子育て

「自分がない大人」にさせないための子育て

 

 こちらの本によると、最近の「婚活パーティー」には、(大人になった子供の結婚に悩む)両親が、子供のプロフィールを持参で出席し、親同士が子供達の「書類」を交換し合う…というケースもあるとかないとか…

 

長文失礼しました。

次回はもうちょっと明るい内容になると思います。m(_ _)m