芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

一人の大人として  〜 そんな事は 〜  

こんにちは!

前回の続きです。

 

 

 

今日は主に、私の両親が、何を思い、何をした可能性が高いかについて書きます。

 

前回の可能性に気がついて以来、色々な可能性が出てきて、愕然としました。

もしも彼から電話があったのなら

 

⑴   私がいないことを良い事に、彼に対して、無神経な事を根掘り葉掘り問い詰めた。

(うちの娘は、跡取り娘だよ。あなたは、長男じゃないの?)

(いま、どんな勉強をしているの?将来、何の職業につくつもりなの?)

(地元に戻るつもりはあるのか?)

(結婚を考えられるのか?)

そう言う、無神経な言葉を、そんな事全然予想していなかった、19歳青年の耳に、受話器越しに浴びせたのではないか?

 

 ⑵  私が家にいるふりをして「娘は電話に出たくない、会う気もないと言ってます」

 と、嘘をついたのではないか?

 

⑶  「もう、家(娘ではなく)に手紙も電話もしないで欲しい」と言うような事も、言ったかも知れない。

 

その他諸々、えげつない可能性は、あると思います。

 

もしもそのような事が事実あったとしたら、当時、彼の中にあったささやかな私への愛情など、一瞬で宇宙の彼方に吹っ飛んでしまったのではないかと思いました。

 

また、私自身が、なぜ、三十年間も、ある意味、両親の「婿取り計画」のえげつなさに気が付いてからも、20歳前のその出来事について両親を疑う事がなかったかと言うとですね。私は、漠然と、こう感じていたのです。

 

彼への贈り物を決め、作っていた(ほぼ)一部始終、渡しに行った前後を見知っている母が、幾ら何でも、それはできないだろう

と、思っていたのです。

自分で言うのも何ですが、やはり、その時の自分は、とても健気だったと思うのです。 

 

もしそうだとしたら、それは

親として最低

以前に、

人として、大人として最低 

だと思いました。

 

もう一つ、書いておきたいのですが。

 

その約一年間に私が彼からもらった手紙は、おそらく7か8通くらいだったと思います。そして、私から出した手紙の数も同じだと思います。

 

私はその手紙を、20代後半まで、机の引き出しにしまってありました。

文通が途絶えてから、それを積極的に読み返すことは、辛いだけだったので、ほとんどしなかったと思います。それでも、捨てることは、長い間できませんでした。

 

しかしある時点で、さも、もっともらしい理由を取ってつけられて、母から言われました。

 

「そう言う昔の恋愛がらみのものは、もう全部捨てたほうがいいよ。あんたのためだ」

「そうしないと、いつまでも後ろ向きで、良い結婚話が来ないよ」

 

当時、かなり重症の「カオナシ」状態だった私は、その(ある意味)命令に従ってしまいました。

 

そうして私は、数個の、細々したアクセサリー類と、その手紙を手放しました。

今にして思うと、母がその時私に捨てさせたかったのは、

「手紙」

だけだったのではないかとも思います。

 

でも、今の私ならわかります。

母に、私にそれを強いる権利は、ありませんでした。

 

私が、久しぶりに、その手紙を引き出しから出した時、ぼんやりとながら改めて感じたのは、その手紙の封筒が、同種ではなく、色も形も、複数種類のものが使われていたことです。

 

それが、ある意味、そうした事に記憶力が良い私が、手紙の内容をよく覚えていない理由です。

 

今年の夏に、そうした事に気付き始めて、記憶を手繰り寄せるほどに動揺とショックが大きくなっていき、私は、昔のように

摂食障害」のような状態になってしまいました。

 

その頃、私はディズニーの「リメンバー・ミー」を観ました。

映画の主人公の家族のように、

「嫌われたくはなかった人」に「誤解されたまま」

のだとしたら、

それは「ものすごく嫌だな」

と、思ってしまったんです。

 

そのころに、たまたま車中でかけていたこの曲がグッサリときました。


B’z may 2000 Live gym

 

歌詞はこちらです。

www.utamap.com

 

年末に重い記事で、失礼しました。