こんにちは!
引き続き、現代語訳、失礼します。
たけくらべ 十一章 〜 信如と美登利と正太郎の(二等辺三角形的?)関係 〜
正太が、くぐり戸を開けて、
「ばあ!」
と言いながら顔を出すと、その人が二、三軒先の軒下をたどって、トボトボと歩いていく後ろ姿が見えた。
「誰だ、誰だ?おい、お入りよ!」
と、正太が声をかけ、美登利が足げたを急いで突っかけて、降る雨を構わずに駆け出そうとすると、
「ああ、あいつだ!」
と、ひと言いった正太が振り返り、
「美登利さん、呼んだって来はしないよ、例のヤツだもの。」
と言って、自分の頭を丸めて見せたのだった。
「信さんかえ?」と、受けた美登利。
「嫌な坊主ったらない。きっと筆か何か買いに来たのだけれど、私達が居るものだから、立ち聞きをして帰ったのでしょうよ!
(本当に)意地悪の、根性曲がりの、ひねくれ者の、どんもりの、歯っ欠けの、嫌なヤツめ!
入ってきていたら、思いっきりいじめてやったのに!帰ってしまったとは、惜しい事をした。どれ、げたをお貸し!ちょっと見てやる!」
といって、正太に代わって(外に)顔を出すと、軒の雨だれが前髪に落ちてきた。
「おお、気味が悪い!」
と、(美登利は)首を縮めながら(外を見て)、四、五軒先のガス灯の下を、大黒傘を肩で支えながら、少しうつむいている様で、トボトボと歩く信如の後ろ姿を、
何時までも、何時までも、何時までも、
見送っていた。すると
「美登利さん、どうしたの?」
と、正太が怪しがって、美登利の背中をつついた。
「どうもしない。」
と、気の無い返事をして部屋へ上がって、きしやごの数を数えながら美登利は言葉を続けた。
「本当に嫌な小僧ったらない。表向きには、いばったケンカは出来もしないで、大人しそうな顔ばかりして、根性がいじけているのだもの。憎らしいに決まっているじゃないの。
ウチのかかさんが言っていたっけ。(はっきりとモノを言う)ガラガラしている人は、心が良いのだと。それだから、グズグズしている信さんなんかは、心が悪いに違いない。ねえ正太さん、そうでしょう?」
と、口を極めて信如の事を悪く言ったので(正太は)
「それでも龍華寺は、まだ物が分かっているよ。(でも)長吉ときたら、あれは、いやはや・・(あきれるよ)」
と、生意気に大人の口を真似たので、
「およしよ、正太さん。子供のくせに、ませた様でおかしいわ。お前は本当にひょうきん者だね。」
と言って、美登利は正太の頬を突いて、
「その真面目顔ったら・・」
と、笑い転げた。(すると正太は)
「おいらだって、もう少し経てば大人になるんだ!蒲田屋の旦那の様に、角袖外套か何かを着てね。お祖母さんがしまっておく金時計をもらって、それから指輪もこしらえて、巻きタバコを吸って、履き物は何がいいかな・・おいらは下駄よりも雪駄が好きだから、三枚裏にして、しゅちんの鼻緒と言うのを履くよ。似合うだろうかなあ?」
と聞くと、美登利は、クスクス笑いながら
「背の低い人が角袖外套に雪駄姿・・まあ、どんなにかおかしいでしょうね!(きっと)目薬のビンが歩いているみたいでしょう。」
と、からかうと(正太は)
「バカを言っていらあ!それまでには、オイラだって大きくなるさ。こんなちっぽけのままではないさ!」
と、いばった。(ので)
「それじゃあ、まだいつの事だか知れはしない。(あの)天井のネズミを見てごらんなさい!」
と、天井に指をさしたので、筆やの女房を始め、部屋にいた人達みんなが笑い転げたのだった。
正太は、一人真面目になって、いつもの(様に)目玉をぐるぐるとさせながら言った。
「美登利さんは冗談にしているんだね?
誰だって大人にならない人はいないのに。オイラの言う事は、なんでそんなにおかしいのさ?
(大人になったら)綺麗な嫁さんをもらって、連れて歩く様になるんだけどなあ。
オイラは何でも、綺麗なのが好きだから、せんべい屋のお福の様な痘痕顔、薪やのおデコの様な娘がもしお嫁に来たとしたら、すぐに追い出して、家には入れてやらないや。オイラは痘痕としつかきは大嫌いさ!」
と、力説した。それを聞いた筆やの女房が吹き出して、
「それじゃあ正さん、よく私の店へ来て下さいますね。おばさんの痘痕は見えないのかえ?」
と、笑うと、
「だって、あなたは年寄りだもの。
オイラの言っているのは、嫁さんの事さ。年寄りは、どうでもいいんだよ。」
と、(正太が)答えたので、
「それは大失敗だね。(失礼しました)」と、筆やの女房は、面白そうに(正太坊ちゃんの)ご機嫌をとった。
「町内で顔の好いのは、花屋のお六さんに水菓子やの喜いさん。それよりもそれよりも、ずっと好い子は、お前さんの隣に座ってお出でだけれど、正太さんは、まあ、誰にしようと決めているのかね?
お六さんの眼つきか、喜いさんの美声か、まぁ、どれなのかい?」
と、問われた正太は顔を赤くした。
「なんだ、お六や喜い公の、どこがいいもんか!」
と、釣りランプの下から少し離れて、壁際の方へと後ずさりをすれば、
「それでは美登利さんが好いのでしょう?そう決めてござんすの?」
と、図星を指されて、
「そんな事、知るもんか!何だそんな事!」
と、くるりと後ろを向いて、壁の腰張りを指で叩きながら
「廻れ廻れ水車」を小声で歌い出した。
美登利は、たくさんのきしやごを集めて
「さあ、もう一度初めから。」
と、こちらは、顔をも赤らめはしなかった。
以上が11章です。
信如の描写については、筆やに来ようとした気配と、帰っていく後ろ姿の描写だけですが。
筆やの中をのぞいた時、(何時もの事ながら)仲良く楽しそうに遊んでいる、正太郎と美登利のツーショットを目撃した事は、信如にとって、やはり辛い事だったのだろうかと感じました。
そしてもう一つ。正直、1、元女子として、この章ばかりは、正太のセリフに・・ムッとしました。
ニキビは、青春のシンボルなのでは・・と、思いたいです。
今回のBGMは、こちらでした。
正太郎が歌っていた水車の歌は、どの様な歌だったのでしょうか。
参考文献はこちらです。
ありがとうございます。