こんにちは!
今回は「たけくらべ」第十三章の解説を失礼します。
格子門前で起きた一大事の後編です。
好きな人に、格好悪い所を目撃されてしまった事がある皆様
好きな人の素っ気無い態度に、少なからず傷ついた事がある皆様
に、ぜひ読んで頂きたい章です。
この章も、私の個人的なBGMは、ユーミン・ソングの1曲でした。
たけくらべ 第十三章 (雨に濡れた紅入りの友仙)
ここが大黒やの前だと思った時から、信如は自然と恐ろしくなって、左右を見ずに、ひたすら歩いていた。しかし、あいにくの雨、あいにくの風。
その上、下駄の鼻緒すらも踏み切ってしまい、仕方なく格子門の下で、こよりをよっている時の心中といったら……
心配な予感予測が色々浮かんできて、どうにも耐えられない思いだった。
そこに飛び石を踏む足音が聞こえて来た事は、まるで背中から冷水をかけられたのも同じであった。振り向いて見なくても、それが美登利その人だとわかれば、ワナワナと震えて顔色も変わるはずである。
後ろ向きになって、それでもまだ鼻緒に集中しているふりをしながら、半分は上の空で、その下駄はいつまでかかっても履ける様にはなりそうにない。
※
一方、大黒寮の門内にいる美登利は、格子越しに、その様子を伺っていた。
(ええ、なんて不器用な……あんな手つきをして、どうなるものか。こよりは逆よりだし、わらしべなんかを前つぼにあてがっても、長持ちするはずがない。
それそれ、羽織の裾が地面に着いて、泥がついているのはご存知か?
あれ、傘が転がる!
あれを畳んで立てかけておけば良いのに!)
と、一々もどかしく、歯がゆくは思っても、
(ここに切れがござんす。これでおすげなさいな)
と、呼びかける事もできず、こちらも立ち尽くして、降る雨が袖をわびしく濡らしているのを避ける事もせず、そっと格子越しに伺っているばかり。
そうとは知らない母親が、はるか屋内から声をかけてきた。
「火のしの火がおこりましたぞえ。これ、いったい美登利さんは、外で何を遊んでいるのかい?雨が降っているのに、表へ出てのいたずらは、なりませんよ。また、この間のように風邪を引きますよ!」
と、呼びたてられたので、
「はい、今行きます!」
と、大きく返事をした。
その声が信如に聞こえたであろう事が恥ずかしく、胸は、ワクワクと上気する。
そして、どうしても開ける事が出来ずにいる門の横で、それでも見過ごす事もできない、この状況である。
いろいろと思案を巡らせたあげく、美登利は格子の間から、手に持っていた布切れを、物を言わずに門の外側へ思い切って投げ出してみた。
すると信如が、それを見ない様に見て知らぬ顔を作った様に、美登利には見えたので、
(ええい、いつもの通りの根性悪め!)
と、やるせない思いを瞳に集めて、少し涙の恨み顔になった。
(何が憎くて、私に、その様な冷たいそぶりをするの?言いたい事はこちらの方にあるのに。あんまりだわ、本当にひどい人!)
と、怒りと悲しみがこみ上げて来て、心が詰まる。
けれど、母親の呼び声が、しばしばかかるのも辛くなり、仕方なく一足、二足踏み出し、それから
(ええい、何よ未練がましい!こんな自分の思惑が恥ずかしい!)
と、身を翻し、カタカタと音を立てて飛び石伝いに走り去った。
※
信如がその時、やっと寂しく振り返ってみれば、紅入りの友仙の、雨に濡れて紅葉の美しい模様が、自分の足の近くに落ちていた。
それを見た信如は、そわそわして心が惹かれたのだが、手に取り上げる事もせずに、空しく眺めて、うちしおれていた。
自分の不器用を諦めて、羽織のひもの長いものを外し、結わえつけにクルクルとみっともない間に合わせをして、これならどうかと踏んで試してみると、歩きにくいと言わざるを得なかった。
この下駄で田町まで行くのかと、改めて困ったと思ったのだが、仕方なく立ち上がった信如。
小包を脇に抱え、二歩ばかり門から離れたのだが、友仙の紅葉が目に残って、そのまま捨てて過ぎるのも耐え難く、心残りで見かえった。
するとその時、
「信さんどうした、鼻緒を切ったのか?そのなりはどうだ!みっともないなあ。」
と、不意に声をかける者があった。
驚いて振り返ると、暴れ者の長吉がいた。今、ちょうど遊郭からの朝帰りと見えて、浴衣を重ねた唐桟のしゃれた着物に、柿色の三尺帯を、いつもの様に腰の先に巻き、黒八丈の立派で新しいはんてんという装いである。
おまけに、遊郭の店の印のついた傘をさしかざして、高下駄の雨よけ革も、今朝下ろしたてだとわかり、漆の色も際立って見えて、いかにも誇らしげである。
「僕は鼻緒を切ってしまって、どうしようかと思っている。本当に困っているんだ」
と、信如が意気地のない事を言うと、
「そうだろう、お前に鼻緒は直せるまい。いいや、俺の下駄を履いて行きねえ、この鼻緒は大丈夫だよ」
と、言ったので
「それでは、お前が困るだろう?」
「何、俺は慣れたもんだ。こうやって、こうする…」
と、言いながら、慌ただしく着物の裾を、七分三分に端折って帯にはさむと
「そんな、その場しのぎなんぞよりも、これがさっぱりだ!」
と、下駄を脱ぐので
「お前、裸足になるのか?それでは気の毒だよ」
と、信如が困り切っていると、
「いいよ、俺は慣れた事だ。信さんなんぞは、足の裏が柔らかいから、裸足で石ころ道は歩けないよ。さあ、これを履いておいで」
と、一足を揃えて出す親切さである。
人には、疫病神の様に嫌われながらも、毛虫眉毛を動かして、優しいセリフを口にしたのが、何だかおかしい。
「信さんの下駄は、俺が下げていこう。家の台所へ放り込んでおけば、差し支えないだろう?さあ、履き替えてその下駄を出しな」
と、世話を焼き、鼻緒の切れた下駄を片手に下げた。
「それじゃあ信さん、行っておいで。あとで学校で会おうぜ!」
と、約束し、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我が家の方へと別れたのだった。しかし、美登利と信如の思いを残した紅入りの友仙は、そのいじらしい姿を、空しく格子門の外に止めたままだった。
参考文献はこちらです。
この章の心のBGMは、ユーミン様の「きみなき世界」でした。
私は、この曲を「松任谷由実:隠れた名曲」と言うアルバムで、数ヶ月前に知りました。
アルバムの曲で聞くとわかりやすいのですが、リズムが「レゲエ」なんです。
私は今まで、「レゲエ」には、「明るい」イメージしか持っていませんでした。
こちらの曲で私は「哀愁」とか「傷心」とか「かっこよさ」「可愛らしさ」を感じます。
ギターのメロディーがかっこいいです。
お付き合い、ありがとうございます。