十一月に入りました。皆様、いかがお過ごしでしょうか?
今回は「たけくらべ」第十五章の解説を失礼します。
先日、少し調べましたら、今年の大鳥神社の酉の市は、
「たけくらべ」の作中の年と同じく、三日間ある年なのだそうです。
そして、今年の一日目は、「十一月二日」
つまり、今日なのだそうです。
そういう事もわかり、今日、十五章を記事にしようと思いました。
第十四章の続き、大黒寮の場面です。
前回、記事の中で紹介しました映画「SAYURI」
には、やはり共通点がある様に、私は感じます。
たけくらべ 第十五章 (酉の市 大人に成るは厭な事)
美登利は悲しく恥ずかしく、人に知られたくない事が自分の身にあるので、人々の褒め言葉は、かえってあざけりの言葉に聞こえるだけ。島田の結い髪の美しさに振り返る人達があると、その視線も、かえって自分を蔑む目つきに思えた。居たたまれぬ気持ちになり、
「正太さん、私はうちへ帰るよ」
と言うと、
「なぜ、今日は遊ばないのかい?お前、何か小言を言われたのか?大巻さんと喧嘩でもしたのじゃないか?」
と、正太に子供らしい事を尋ねられたけれど、何と答えたらよいのか……何も言えず、顔が赤らむばかり。
連れ立って団子屋の前を通り過ぎた時、トンマが店から大声で
「お仲がよろしゅうございます!」
と、大げさにはやし立てたのを聞くと、美登利は益々、泣き出しそうな顔つきをして、
「正太さん、一緒に来ては嫌だよ」
と、正太を置き去りにして、一人足を早めたのだった。
お酉様の祭りへは、一緒に行こうと言っていたのに、そちらへの道ではなく、自宅の方へと美登利が急ぐので、
「お前、一緒には来てくれないのか?なぜそちらへ帰ってしまうんだい?あんまりだぜ」
と、正太がいつもの様に甘えてかかるのを、美登利は振り切る様に、物も言わずに言ってしまう。
何が原因かはわからないけれど、正太が呆れて追いすがり、袖を捕まえては怪しがると、美登利は顔だけ真っ赤にして
「何でもない」
と、一言。それには何か訳がある様だった。
美登利が大黒寮の門をくぐって入っていく。正太は前から遊びに来慣れていて、さほど遠慮する必要がある家でもなかったので、美登利の後から続いて、縁側からそっと家の中に上がり込むと、美登利の母親がそれを見つけて言った。
「おお正太さん、よく来て下さった。今朝から美登利の機嫌が悪くて、みんな、どうしたら良いかわからず、困っています。遊んでやってくだされ」
と、言ったので、正太は大人の様にかしこまって、
「体の具合が悪いのですか?」
と、真面目に尋ねた。すると
「いいえ」と、母親は、怪しい笑顔をした。
「少し経てば治りましょう。いつでもこの通りのわがままさん。さぞ、お友達とも喧嘩しましょうな。ほんに扱い切れないお嬢様であります」
と言って振り返った。
美登利は、いつの間にか小座敷に布団とかい巻きを持ち出していた。そして帯と上着を脱ぎ捨てると、布団に入り、うつ伏して、ものも言わない。
正太は、恐る恐る枕元へ寄って行き、
「美登利さん、どうしたの、病気なのかい?気分が悪いとか、一体どうしたの?」
と、むやみには近寄らずに、しゃがみこんだ膝に手を置いて、心ばかりを悩ませていると、美登利は、やはり返事もせずに、顔を押さえつけた袖に、忍び泣きの涙。
まだ結こまない前髪の先が濡れて見えるのにも、何か事情があるように思えるのだけれど、子供心にも正太は、何も慰めの言葉も出て来ず、ただ、ひたすらに困り果てるばかり。
「何がそんなに腹が立つの?」
と、覗きこみ、途方に暮れながら尋ねると、美登利は目を拭って言った。
「正太さん、私は怒っているのではありません」
「それなら、どうして?」
と、正太に問われても、憂鬱で情けない事情がいろいろある。これはどうしても話せない、人に知られたくない事なので、誰に打ち明けて話す事もできない。
しかし言葉はなくても、おのずと頬は赤くなり、特に何も答えなくても、だんだんと心細い思いになる。
すべては、昨日の美登利の身には覚えがなかった気持ちが宿っていて、事態の恥ずかしさは言い様がない。
(できる事なら、薄暗い部屋の中で、誰にも声をかけられず、自分の顔を眺める者もなく、朝から晩まで一日中、一人気ままに時を過ごす事ができれば良いのに。
そうすれば、この様な憂鬱な事があっても、人目を恥ずかしがる事も無いので、ここまで思いつめる事も無いだろうに。
何時までも何時までも人形とお雛様を相手にして、ままごとばかりしていられたら、どんなにか嬉しいだろうに。
ええ、嫌や嫌や!大人になるのは嫌な事!何故この様に歳をとる?もう一度、七月、十月、一年も前にもどりたい!)
と、年寄りじみた考えをしていて、正太がここにいる事にも気遣うことが出来ず、正太が何か言いかけても、それをことごとく蹴散らして言った。
「帰っておくれ、正太さん。お願いだから帰っておくれ!
お前がいると、私は死んでしまうでしょう。
話しかけられると頭痛がする、口を利くと目が回る。
誰も、誰も、私のところへ来ては嫌だから、お前もどうぞ、帰って!」
と、何時もに似合わぬ、愛想尽かしの言葉。正太は、何故なのか訳も分からず、まるで煙の中にいる様なので、
「今日のお前は、どうしても変てこだよ。いつもなら、そんな事をいうはずはないのに。変な人だね!」
と、これは少しがっかりした思いだったので、落ち着いて言いながらも、目には気弱な涙が浮かんでいた。にも関わらず、今日の美登利は、正太の、そうした様子にすら、気遣う事も出来ない。
「帰っておくれ、帰っておくれ!
これ以上いつまでもここにいるのならば、もう、お友達でも何でもない。
嫌な正太さんだ!」
と、憎らしそうに言われたので、正太は
「それならば帰るよ。お邪魔さまでございました!」
と、言い捨てて、風呂場で湯加減を見ている母親には挨拶もせずに、プイッと立って、正太は庭先から駆け出したのだった。
参考文献はこちらです。
この章の心のBGMは、「かぐや姫の物語」より「わらべ唄」でした。
かぐや姫も「たけのこ」とあだ名されて、無邪気に元気に山の子供たちと遊んでいた頃が、一番幸せだったのだろうなと、改めて思いました。
お付き合い、ありがとうございます。