芸術は心のごはん🍚

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樋口一葉『たけくらべ』現代語訳 第十六章  「不朽の物語」の最終章「枯れる事なき花」

こんにちは!

だいぶ寒くなってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私事で恐縮ですが、11月4日は、私がブログを始めた日です。

 

今回は、ついに「たけくらべ」第十六章 最終章です。

ブログ4周年記念日を、この記事にする事ができて嬉しいです。

 

私個人は、この最終章は、決して悲しいだけの結末ではないと感じております。

 

この章のイメージの音楽だけは、前々から、エンヤさんの曲に決めていました。 

Amarantine

  

たけくらべ    第十六章  (晩秋から冬へ ある霜の朝)

 

 

 

 正太が道を真一文字に駆け抜けて、人中を抜けつ潜りつ、筆やの店へおどり込むと、いつの間にか祭の店じまいを済ませた三五郎が、そこに来ていた。

 前掛けのポケットに幾らかの小銭をじゃらつかせて、弟妹を引き連れた三五郎が

 

「好きな物を何でも買いな」

と、一番年上のお兄さん風をふかせ、大得意になっている最中へ、正太が飛び込んで来たのだった。

 

「やあ正さん、今ちょうど、お前の事を探していたんだ。俺は今日は、かなりの儲けがあったので、何か奢ってやろうか?」

と、三五郎が言うと、

 

「バカを言え!てめえに奢ってもらう、俺じゃあないわ!黙っていろ!生意気な事を吐くな!」

と、いつになく荒い事を言った後、

 

「おれは今は、それどころじゃないんだ」

と、ふさぎ込んで言った。

 

「何だ何だ、喧嘩か?」

と、食べかけのアンパンを懐にねじ込んで、三五郎が

「相手は誰だ?龍華寺か、長吉か?

 どこで始まったんだ、廓内か、鳥居前か?おれだって夏祭りの時とは違うぜ!

前みたいに出し抜けでさえなければ、負けねえぜ!

おれが承知だ、先頭に立ってやらあ!正さんは、肝っ玉をしっかりしておれに任せてくんねえ!」

と、息巻くので、

 

「ええい、気の早いやつめ!喧嘩ではない!」

と、しかし、流石に本当の訳は言いかねて、正太がそこで口をつぐむと、

 

「でも、お前が大事らしく飛び込んで来たから、オレは、てっきり喧嘩かと思ったんだ。だけれど正さん、今夜始まらない様なら、もうこれからは喧嘩は起こりっこはないね。長吉の野郎の片腕がいなくなるのだもの。」

と、三五郎が言った。

 

「何故?どうして片腕がなくなるんだ?」

 

「お前知らないのか?オレもたった今、ウチの父さんが龍華寺の奥さんと話していたのを聞いたのだけれど、信さんは、もう近々、どこかの坊さん学校へ入るのだとさ。

坊さんの衣を着てしまっては、手が出せねえや。

全く、あんなペラペラした、恐ろしく長い袖や裾を捲り上げるのだからね。

そうなれば来年からは、横町も表も、残らずお前の手下だよ。」

と、三五郎におだてられた正太は

「よしてくれ!どうせお前は二銭もらえば、長吉の組になるんだろう。

お前みたいな様なヤツが百人仲間にいたって、ちっとも嬉しくはないや!着きたい方へどこへでも着きやがれ!

オレは人には頼まないさ。

本当に、自分自身の腕っこで、一度、龍華寺と喧嘩をやりたかったのに……

よそへ行かれては仕方がない。

藤本は、来年学校を卒業してから行くのだと聞いていたけれど、どうして、そんなに早くなったのだろう?

しょうのない野郎だ!」

と、舌打ちした。

 しかし本当は、その事は少しも気に止まらなくて、それよりも先ほどの美登利のそぶりが頭の中で繰り返されて、正太は、何時もの歌の癖も出ないほど。

 大通りの往来の騒がしさも、心の寂しさのために、賑やかだとも思えず、火ともしの夕暮れ頃から、筆やの店の中に転がったまま。

 今日の酉の市は、メチャメチャで、何もかもが訳の分からない事だらけ

 

 

                  ※

 

 

 美登利は、あの日を境に、生まれ変わった様な身の振る舞いになった。出かける用事といえば、廓の姉のところへは通うものの、全く町では遊ばなくなった。友達が寂しがって誘いに行っても、

 

「そのうちに、そのうちに……」

 

と、空約束ばかりが果てしなく続き、あれほど仲良しだった正太とさえも親しくせず、いつも恥ずかしそうに顔だけ赤らめてばかり。

 筆やの店先での手踊りの活発さを再び見る事は難しくなってしまった。

 

 町の人々は不思議がり、病気のせいか?と、疑う人もいたけれども、母親一人だけは、平然と微笑みながら、

 

「今におきゃんの本性は現れまする。今はちょっとした中休み」

 そう訳ありげに言われても、事情を知らない者には、何の事だかわからない。

 

「女らしく、大人しくなった」

と、褒める者もいれば、

 

「せっかくの面白い子を台無しにした」

と、責める者もいた。

 

 表町は、急に火が消えた様に寂しくなり、正太の美声の歌を聞く事も稀になった。

 ただ、夜な夜なの弓張りちょうちんを見かけるだけ。あれは日がけの集金と知られていて、土手を行く正太の影は、とても寒そうで、時々お供をする三五郎の声だけが、いつもと変わらず、おどけて聞こえるのだった。

 

 龍華寺の信如が、自分の宗派の修業の場所に旅立つ噂さえも、美登利は、ずっと知らなかった。

 美登利は、信如に対する以前の意地を、そのまま心に封じ込めていたし、ここしばらくの異常な現象のために、自分を自分とも思えず、ただ全ての事を恥じいるばかりだったのだが。

 

 ある霜の朝水仙の作り花を、格子門の外から差し入れていった者があった。

 誰の仕業なのか、知るよしもなかったのだが、美登利は何ゆえともなく、愛しい思いがして、ちがい棚の一輪ざしに入れて、寂しく、その清らかな姿を愛でていたのだが……

 

 その後、聞くともなしに伝え聞いた話では、その、水仙の作り花の事があった次の日は、信如がどこかの学校に入り、袖の色を変えた、ちょうどその当日だったという。

 

                         (完)

 

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参考文献はこちらです。

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

  • 発売日: 2004/12/11
  • メディア: 文庫
 

 

 

 最終章の心のBGMはこの曲でした。

Amarantine

Amarantine

  • エンヤ
  • 洋楽
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

 今回は動画が見つからず、この様な形にしました。

 

歌詞の意味は、私は英語に詳しくはないのですが、

次の様なニュアンスなのではないかと思い、歌詞の一番だけ、勝手ながら訳してみました。

 

「Amarantine」 enya  

 

誰かに愛を贈る時は  心が開かれる様で  全てが新しく見えませんか?

そして 時はいつでも 貴方の心に 教えてくれませんか? 

それが真実だと 信じることを 

 

愛は 貴方の口から 流れるもの全て 

ささやき 言葉 約束 そうした貴方からの贈り物

 

一日の鼓動の中に 感じませんか?

これが 愛する という事だと

 

 

  Amarantine...            Amarantine ...        Amarantine...

「枯れる事ない花」   「特別な花」           「永遠の花」

 

  Love is.        Love is.        Love...  

  愛のこと  愛のこと  愛の…

 

 

たけくらべ」の現代語訳は、以上です。

第一章から十六章まで、短い様で長かったと思います。

皆様、お付き合い、ありがとうございました。

 

樋口一葉さんの「たけくらべ」の素晴らしさをお伝えしたくて、

やり慣れない事を、やってみました。

 

次回は、私個人の感想・解釈を書かせて頂けたらと思っています。m(_ _)m

 

もう直ぐ冬ですね。皆様、ご自愛ください。