こんにちは。
前回の続きを書きます。
いろいろ考えまして、今回だけは少し要約的に書いていこうと思います。
かなり原文を省略しました。
樋口一葉『大つごもり』 その3
お峯の伯父は正直安兵衛と呼ばれるほど、実直に八百屋の商売を長年続けていた。
七歳で父親を亡くし、その二年後に母も亡くしたお峯を引きとって育て上げ、現在は、八歳になる息子の三之助を、近所の学校へ通わせてもいたのだが…今は一家三人で長屋に暮らしていた。
その引越し先を知らないお峯は、人力車から降りても方向が分からず、ウロウロしていた。子供が集まっている駄菓子屋の前に来て、
(もしかしたら三之助がいるかも…)
と思って覗いてみたが、それらしき姿はなかった。がっかりして通りを見ると、痩せて背の高い子供が薬瓶を持って歩いていく。似たところがあると思い、駆け寄って顔を覗くと、やはり三之助であった。
「やあ、姉さん!」
「ああ、やっぱり三ちゃんだったのね!」
と、喜び合い、三之助の案内で、ようやくお峯は伯父のところへたどり着いた。三之助が、
「父さん、母さん、姉さんを連れて帰ったよ!」
と、玄関から呼びかけた。
「何、お峯が来てくれたのか?」
と、安兵衛が起き上がると、伯母は熱心にやっていた内職の手を休めて、
「まあまあ、これは珍しい!」
と、お峯の手を取って喜んだ。
「おじさん、おばさん、なかなか来れずに、ごめんなさい。今日は何とかお暇を頂けたので参りました。おじさん、早く元気になってくださいね。あんまり急いで来たので、何も買ってこれませんでした。
これは少ないですけれど…お見舞金です。勤め先のお宅は厳しいけれど…外からのお客様が良くして下さいます。私は何とか、やっていますから、心配しないで下さいね」
お峯は、弟の様に可愛くて仕方がない三之助を、
「三ちゃん、ここにおいで」
と近くに呼んで、その背中をなで、幼い顔を覗きながら言った。
「三ちゃん、お正月も近い事だし、姉さんが何か買ってあげますよ。学校はどう?」
すると安兵衛が言った。
「お峯聞いてくれ。三之助は、歳はまだ八歳だけれど、体も大きいし力もあって、家の手伝いもよくしてくれている。この子の事を、お峯、どうか褒めてやっておくれ」
「学校の勉強も大好きで、自慢じゃあないが、先生様にもよく褒められる。今は十分勉強もさせてやれないし…まだ幼い子供に不自由をさせてしまい、親として本当に苦しいよ」
と、伯母もつい本音を口にした。
お峯は思わず三之助を抱きしめて言った。
「大柄と言っても八歳は八歳。体は大丈夫なの?私は何も知らなくて、堪忍してくださいね。学校盛りの弟に辛い思いをさせて…姉が温かい着物を着ていられましょうか!やはり私が奉公先をやめて…」
すると安兵衛は
「気持ちは嬉しいけれど、残念だが山村のご主人には、給金の前借りもあるから、お前がすぐにやめて帰る事もできないんだよ。それに、初奉公は肝心だよ。辛抱できずに戻ったと思われても良くないから、どうか頑張って努めてくれ。
なに、俺の加減も時期に良くなるさ。ああ、師走のあと半月さえ無事に過ぎれば、きっと新年は良い事もきっとあるだろうさ…さあ、大した物はないが、お前の好物の今川焼き、里芋の煮っ転がしを、たくさん食べろよ」
と言われ、お峯は嬉しさ半分。伯父一家の実情を見て胸が痛んだ。
「一生懸命暮らしていても、我が家はこのありさま。その一方では、お峯ちゃんのご主人方は貸し長屋を何軒も持っていて、たいそう裕福に暮らしている様だねえ。羨ましい。言いにくいのだけれど、うちは晦日までに払わなければならないお金が二両いるのだよ。お峯ちゃん、どうにかご主人に二両の前借りをお願いできないものかねえ」
と、伯母が言い出した。お峯はしばらく思案してから言った。
「分かりました、お給料の前借りという事で、一度、お願いしてみます。それで、このお家が無事に大晦日を迎えられるなら…ご主人も、訳をちゃんと説明すれば、承知してくださるかもしれません。そうと決まれば怒られない様に、今日は私はこれで帰ります。次のお暇は春にでも…その頃には、みんなで笑って過ごしたいですものね」
とお峯は言った。
「お金はどうやって届けられるかね?三之助を使いにやろうか?」
と聞かれ、
「本当に、それでようございます。いつも忙しい上に、大晦日となれば、もっと私は出かけられないと思います。道が遠くてかわいそうだけれども、三ちゃんを頼みます。昼の間には必ず支度はして置きます」
と言って、お峯は急いで帰っていったのだった。
原作では、物語は 上・下 に分かれています。
そして、ここまでが 上 の お話で、
次回からが 下段 のお話になります。
参考文献はこちらです。
今日はここまでに致します。
お付き合いありがとうございました。