先程、全日本の、浅田真央選手と、村上佳菜子選手の演技だけ、動画で観ました。全日本の舞台で、とびっきりの佳菜子スマイルが観れたのは、とても嬉しい事でした。
他の若い選手が嫌いな訳ではありません。子供、若者好きのオバさんにとっては、そういう自分にとっては、子供の様な年齢の方達が、大人達の都合で一喜一憂させられ、その人生を翻弄させられるのを見るのが、今まで以上につらくなってきました。
ここ数日間、自分が書きたい事がわからなくなっていました。
クリスマスがあり、クリスマスが終わりました。
クリスマス前だからこそ書きたかった、本の紹介なども考えていたのですが、時間がうまく作れず、書きそびれてしまいました。
やはり今は、真央ちゃんの事を考えずにはいられないので、今年のフリー・プログラムについて、私が感じた事を、少し書いておこうと思います。
今シーズン、初めてフィンランディア杯で、そのプログラムを見て以来、フリーの「リチュアル・ダンス」と、バンクーバー・シーズンでの「鐘」の演技とを、比較している自分がいます。なぜなら、どちらも「炎」が、テーマの核になっている様に思ったからです。
でも、やはり、この二つのプログラムは、(当たり前かもしれませんが)全く別のものだよなあと、つくづく思います。
私にとって、「鐘」のプログラムは、奇跡の様にインパクトのある、やはり忘れられないプログラムです。
「迫力」「緊迫感」「恐怖感」「怒り」「悲しみ」「希望」そして「美しさ」そうした印象が共存できる演技というものがあるのだなあと思いました。
映画好きの私にとって、このプログラムは、まさに「パニック映画」並みのインパクトを感じました。
「タワーリング・インフェルノ」とか(私は、かなり昔にこの映画をみて、炎とは、下から上に燃え広がるものだという事を知りました)
「タイタニック」とか
「鳥」とか(私はこの映画の名場面しか観ておりませんが)
それほど…またはそれ以上の衝撃でした。
今シーズンの「リチュアル・ダンス」の炎は、「鐘」とは違い、儀式においての、重要な役どころ…と言うのでしょうか、燃え盛る焚き火の炎、何としても結ばれたい男性との恋を成就させるための、その激しく、熱い神聖なエネルギーを受けて、情熱的に踊るための「炎」だと感じています。
非常に女性的な「激しさ」「妖しさ」「美しさ」「優しさ」「強さ」「生きるエネルギー」「生きる喜び」そうしたものに満ちている名プログラムだなあと思います。
個人的に、二つのプログラムの、どちらからも感じられる印象は、
「美」と「生きるエネルギー(人間の持つ生命力)」それから「希望」だと思います。
最後に、数年前に描いた「鐘」のイラストをアップ致します。
真央ちゃん、全日本、本当にお疲れ様でした。素敵なクリスマス・プレゼントをありがとう✨