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樋口一葉「たけくらべ 」  〜 私なりの現代語訳 第十六章 子供時代の終わり  〜

 こんにちは!

現代語訳、最後の章の第十六章です。

 

たけくらべ 第十六章  (祭りの後、霜の朝)

 

 

 正太が(道を)真一文字にかけて、人中を抜けつ潜りつ、筆やの店へ走り込むと、いつの間にか祭の店じまいを済ませた三五郎が、そこに来ていた。

 前掛けのポケットに(幾らかの)小銭をじゃらつかせて、弟妹を引き連れた三五郎が

「好きな物を何でも買いな。」

と、一番年上のお兄さん風をふかせ、大得意になっている最中へ、正太が飛び込んできたのだった。

 

「やあ正さん、今ちょうどお前の事を探していたんだ。俺は今日は、かなりの儲けがあったので、何か奢ってやろうか?」

 

と、三五郎が言うと、

 

「バカを言え!てめえに奢ってもらう、俺じゃあないわ!黙っていろ!生意気な事を吐くな!」

 

と、いつになく荒い事を言った後、

 

「(おれは今は)それどころじゃないんだ。」

 

と、ふさぎ込んで言った。

 

「何だ何だ、ケンカか?」

 

と、食べかけのアンパンを懐にねじ込んで、三五郎が続けた。

 

「相手は誰だ?龍華寺か、長吉か?どこで始まったんだ、廓内か、鳥居前か?(おれだって)夏祭りの時とは違うぜ!出し抜けでさえなければ、負けねえぜ!おれが承知だ、先頭に立ってやらあ!正さんは、肝っ玉をしっかりして(おれに)任せてくんねえ!」

 

と、息巻くので、

 

「ええい、気の早いやつめ!ケンカではない!」

 

と、しかし、流石に(本当の訳は)言いかねて、(正太がそこで)口をつぐむと、

 

「でも、お前が大ごとらしく飛び込んで来たから、おれはてっきりケンカかと思ったんだ。だけれど正さん、今夜始まらない様なら、もう、これからはケンカは起こりっこはないね。長吉の野郎の片腕がいなくなるのだもの。」

 

と、三五郎が言った。

 

「何故?どうして片腕がなくなるんだ?」

「お前知らないのか?オレもたった今、ウチの父さんが龍華寺の御新造と話していたのを聞いたのだけれど、真さんは、もう近々、どこかの坊さん学校へ入るのだとさ。(坊さんの)衣を着てしまっては、手が出せねえや。全く、あんなペラペラした、恐ろしく長い袖や裾を捲り上げるのだからね。そうなれば、来年からは、横町も表も、残らずお前の手下だよ。」

 

と、三五郎におだてられた正太は

 

「よしてくれ!(どうせお前は)二銭もらえば、長吉の組になるんだろう。お前みたいな様なヤツが百人仲間にいたって、ちっとも嬉しくはないや!着きたい方へどこへでも着きやがれ。オレは人には頼まないさ。本当に、(自分自身の)腕っこで、一度、龍華寺と(ケンカを)やりたかったのに・・・よそへ行かれては仕方がない。藤本は、来年学校を卒業してから行くのだと聞いていたけれど、どうして、そんなに早くなったのだろう・・しょうのない野郎だ!」

 

と、舌打ちした。(しかし本当は)その事は少しも木に止まらなくて、(それよりも先ほどの)美登利のそぶりが頭の中で繰り返されて、正太は、何時もの歌の癖も出ないほど。

 大通りの往来の騒がしさも、心の寂しさのために、賑やかだとも思えず、火ともしの夕暮れ頃から、筆やの店の中に転がったまま。今日の酉の市は、メチャメチャで、何もかもが訳の分からない事だらけ。

 

 

美登利は、あの日を境に、生まれ変わった様な身の振る舞いになった。(出かける)用事といえば、廓の姉のところへは通うものの、全く町では遊ばなくなった。友達が寂しがって誘いに行っても、

「そのうちに、そのうちに・・」

と、空約束ばかりが、果てしなく続き、あれほど仲良しだった正太とさえも、親しくせず、いつも恥ずかしそうに顔だけ赤らめてばかり。筆やの店先での手踊りの活発さを再び見る事は難しくなってしまった。

 

 町の人々は不思議がり、病気のせいか?と、疑う人もいたけれども母親一人だけは、(平然と)微笑みながら言っていた。

 

「今にお侠の本性は現れまする。これは(ちょっとした)中休み。」

 

 そう、訳ありげに言われても、(事情を)知らない者には、何の事だかわからない。

「女らしく、大人しくなった。」

と、褒める者もいれば、

「せっかくの面白い子を台無しにした。」

と、責める者もいた。

 

 (そのため)表町は、急に火が消えた様に寂しくなり、正太の美声の歌を聞く事も稀になった。ただ、夜な夜なの弓張りちょうちん(を見かけるだけ)。あれは日がけの(借金の)集金と知られていて、土手を行く(正太の)影は、とても寒そうで、時々お供をする三五郎の声だけが、いつもと変わらず、おどけて聞こえるのだった。

 

 龍華寺の信如が、自分の宗派の修業の場所に旅立つ噂さえも、美登利は、ずっと知らなかった。(美登利は、)以前の意地を、そのまま(心に)封じ込めて、ここしばらくの異常な現象のために、自分を自分とも思えず、ただ全ての事を恥じいるばかりだったのだが。

 

 ある霜の朝、水仙の作り花を、格子門の外から差し入れていった者があった。誰の仕業なのか、知るよしもなかったのだが、美登利は、何ゆえともなく、愛しい思いがして、ちがい棚の一輪ざしに入れて、寂しく、その清らかな姿を愛でていたのだが・・

 その後、聞くともなしに伝え聞いた話では、その(事があった)次の日は、信如がどこかの学校に入り、袖の色を変えた、ちょうどその当日だったという。

 

以上が第十六章です。この章で、完結です。

 

16章の季節的な事ですが、

酉の市が11月です。

私は個人的に、霜の朝は、12月か、1月あたりではないかと推測しています。

 

 BGMはこちらです。

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皆様に「樋口一葉文学」の、そして「たけくらべ」の素晴らしさが、少しでも伝わりましたら、嬉しいです。

 

参考文献は、こちらです。 

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

  • 発売日: 2004/12/11
  • メディア: 文庫
 

 

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