芸術は心のごはん🍚

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樋口一葉『たけくらべ』現代語訳 第六章 十三歳、正太郎の「🌱少年時代🌱」 「おいらの心は夏模様」  

こんにちは!

もう10月も半ば、秋ですね。

今回も、現代語訳の続きを、失礼します。m(_ _)m

 

たけくらべ」 第六章の主役は 正太郎 です。

正太郎が、ひたすらに かわゆい 章なのです。

 

暑さバテ、秋バテ、お疲れ気味の皆様に、

特に読んで頂けると嬉しいです🌾

 

正太郎が、大人になっても思い出す、

初恋のお姉さんと二人で過ごした「少年時代」の大切なひと時だったのではないかと、

想像してしまいます。

 

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たけくらべ   第六章  (夏祭り翌日 正太郎と美登利)

 

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「めづらしい事もあるものだ。この炎天下に、雪が降りはしないだろうか?

美登利が学校を嫌がるとは、よくよく不機嫌なのだろう。

朝食がすすまないなら、後で(やすけ)でも出前を頼もうか?

風邪にしては熱もないし、おおかた昨日の疲れなのだろう。

太郎稲荷神社への朝参りは、母さんが代理してあげるから、神様には勘弁して頂きなさいよ。」

 

と、母が言ったのだが、

 

「いえいえ、姉さんが繁盛する様にと、私が願掛けを始めたのだから、自分でお参りしなければ気が済みません。お賽銭を下さい。行ってきます」

 

と、家を駆け出して、田んぼの中のお稲荷様のところで鰐口を鳴らして手を合わせた。いったいお願いは何だったのか?

 行きも帰りも、首をうなだれて、田んぼのあぜ道づたいに帰ってくる姿を、美登利と気づいて、正太郎が遠くから声をかけた。

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 正太は駆けよって、美登利のたもとを押さえて、

 

「美登利さん、昨夜はごめんよ」

 

と、出し抜けに謝ると、

 

「何も、お前に謝られる事はないよ」

 

「それでも俺が憎まれているのだし、俺が喧嘩の相手だもの。

お祖母さんが呼びにさえ来なければ、帰りはしなかったし、そんなにむやみに三五郎を打たせはしなかったのに。

今朝、三五郎のところへ見に行ったら、アイツも泣いて悔しがっていた。俺は、聞いているだけでも悔しかった。

お前の顔へ、あの長吉め!草履を投げたと言うじゃないか!

あの野郎、乱暴にもほどがある。だけど美登利さん、堪忍しておくれよ。

俺は、知りながら逃げていたのではないんだ。飯をかっ込んで、表へ出ようとすると、お祖母さんがお風呂に行くと言ったんだ。留守番をしているうちの騒ぎだろ?

本当に知らなかったんだよ」

 

と、自分の罪の様に、平謝りに謝罪して、痛みはしないかと美登利の額際を見上げれば、美登利はにっこり笑って

 

「何、ケガというほどでは無いよ。

だけど正さん、誰が聞いても、私が長吉に草履を投げられたと言ってはいけないよ。

もし、万一に、おっかさんが聞きでもすると、私が叱られるから。

親でさえも、頭に手はあげないものを、長吉なんかの草履の泥を額に塗られては、踏まれたも同じだからね」

 

と言って、背ける表情が何ともいとおしい。

 

「本当に堪忍しておくれ、みんな俺が悪い。だから謝る。機嫌を直してくれないか?お前に怒られると俺が困るんだよ」

 

と、話している間に、いつしか正太の家の裏近くに来たので、

 

「うちに寄っていかないか?美登利さん。誰も居やしないよ。

お祖母さんも日がけをを集めに出ているだろうし、俺一人で寂しくてならないよ。

いつか話した錦絵を見せるから、お寄りなよ。色々のものがあるからさ」

 

と、袖を捉えて離れないので、美登利は無言でうなづいて、侘しい折戸の庭口より入ると、広くは無いけれども鉢植えが綺麗に並んでおり、軒には釣り荵が。これは正太郎の、午の日(注釈一)の買い物だと見える。

 

 事情を知らない人は、小首をかしげて意外に思うだろうが、町内一の財産家なのに、家の中は祖母と孫の正太郎の二人きり。

 腰に巻いているたくさんの鍵で下腹が冷えているだろうに、留守の時は、周りが全て長屋なので、さすがに玄関の錠前を壊す者もいなかった。

 

 正太は先に家に上がって、風通しの良い場所を見つけて

 

「ここへ来ないか?」

 

と言いながら、うちわも用意する気の使いよう。十三歳の子供にしては、ませ過ぎていておかしい。古くから家で受け継がれている錦絵の数々を取り出して、美登利に褒められる事を喜ぶ正太。

 

「美登利さん、昔の羽子板を見せてあげる。

これは俺の母さんが、お屋敷に奉公している頃に、頂いたのだとさ。

おかしいだろう?この大きい事!人の顔も、今のとは違うね。

ああ、この母さんが生きていたら良いのだけれど。俺が三つの歳に死んで、お父さんは、いるのだけれど、田舎の実家へ帰ってしまったから、今はお祖母さんだけさ。

お前は家族がいて羨ましいね」

 

と、何とはなく親の事を言い出す正太郎。

 

「それ、泣いたら絵が濡れるよ。男が泣くものでは無いよ」

 

と、美登利に言われて、

 

「俺は気が弱いのかなあ?

時々、色々の事を思い出すよ。

まだ今時分は、いいんだけれど、冬の月夜なんかに田町のあたりを集金に回っている時、土手まで来て幾度も泣いた事がある。

なに寒いくらいじゃ、泣やしないよ。なぜだか自分でも分からないけど、いろんな事を考えるよ。ああそうさ、一昨年から、俺も日がけの集めに回っているさ。

お祖母さんは年寄りだから、そのうちにも夜は危ないし、目が悪いから印鑑を押したり、何かと不自由だからね。

今まで、何人も大人の男を雇ったけれど、うちが老人と子供だけの家庭だから、馬鹿にして、みんな思うようには働いてくれないのだと、お祖母さんが言っていたっけ。

俺がもう少し大人になったら質屋を出させて、昔の通りでなくても田中屋の看板をかけるといって、楽しみにしているよ」

「よその人たちは、お祖母さんをケチだと言うけれど、俺のために倹約してくれているのだから、気の毒でならないよ。

集金に行く家でも、通新町や何かに、随分と可愛そうな人達がいるから、さぞ、お祖母さんを陰で悪く言っているだろう。

それを考えると、俺は涙がこぼれる。

やっぱり気が弱いんだね。

今朝も三公の家へお金を取りに行ったら、アイツったら、体が痛いくせに、親父に知らせるまいとして働いていた。

それを見たら、俺は口がきけなかったんだ。

男が泣くって言うのは、おかしいじゃ無いか」

 

 だから横町の長吉の奴らに馬鹿にされるのだ……と、言いかけて、自分の弱々しいのを恥じるような顔色と、何気なく美登利と見合す目つきのかわゆさ

 

「お前の祭りの姿は、とても良く似合っていて私は羨ましかった。

 私も男だったら、あんな格好がしてみたい。他の誰よりも格好良く見えたよ」

 

と、美登利に褒められた正太郎。

 

「何だ俺の事なんて。お前こそ美しいや。

廓中の大巻さんよりも綺麗だと、みんなが言っているよ。

お前が姉だったら、俺はどんなに誇らしいだろう。

どこへ行くにもついて行って、大威張りに威張るんだけどなあ。

一人も兄弟がいないから、仕方がないね。

ねえ美登利さん、今度一緒に写真を撮らないか?

俺は祭りの時の格好で、お前は透綾のあら縞の着物で粋な姿をして、水道尻の加藤写真館で写そうよ。

龍華寺のヤツが羨ましがるようにさ。」

「本当だぜ、アイツはきっと怒るよ。真っ青になって怒るよ。

アイツは大人しそうに見えて、実は癇癪持ちだからね。

赤くはならないだろうな。それとも笑うかなあ?

俺は、アイツに笑われても構わないさ。

大きく撮ってもらって、店の看板に出たらいいな。

お前は嫌かい?嫌そうな顔だもの」

 

と、恨むような正太郎の様子も可愛らしい

 

「変な顔に写ると、お前に嫌われるから」

 

と言って美登利が吹き出した。その高く美しい笑い声の響きで、美登利の機嫌が直った事がわかる。

 朝の涼しさはいつしか過ぎて、日ざしが暑くなってきたので、

 

「正太さん、また晩にね、私の寮へも遊びに来なさいよ。

とうろう流して、お魚を追いましょ。

池の橋が直ったから、怖い事は無いよ」

 

と、言い置き、立ち去る美登利の姿を、正太は嬉しそうに見送って、やはり美しいと思ったのだった。

 

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注釈一

稲荷神社の縁日の日

 

 

参考文献はこちらです。

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

  • 発売日: 2004/12/11
  • メディア: 文庫
 

 

 

 

 と言う訳で、第六章の心のBGMは、井上陽水さんの名曲「少年時代」でした。

www.uta-net.com

 

お付き合い、ありがとうございます。

 

皆様、季節の変わり目、ご自愛ください。