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樋口一葉『たけくらべ』現代語訳 第十四章 酉の市の人混みを彷徨う正太と、島田結いになった美登利の心細さ

もうすぐ11月ですね。皆様、いかがお過ごしでしょうか?

 

今回は、「たけくらべ」第十四章解説失礼します。

最終章まで、後、三章となりました。

 

辛く悲しい三章なのですが、それだけではない内容だと思います。

第十四章は、

 

それまで信じていた事が、突然信じられなくなった事がある皆様

ある事がきっかけで、突然、自分への自信を失った事がある皆様

現実の厳しさを突きつけられて、絶望しそうになった事がある皆様

 

に、読んで頂きたい章です。

 

 

今回の心のBGMは、巨匠ジョン・ウィリアムズの映画音楽でした。 

映画「SAYURI」は、「芸者」になった日本女性の物語です。

美登利には「花魁」としての未来が待つようですが…

 

「SAYURI」オリジナル・サウンドトラック

 

たけくらべ 第十四章  (酉の市 蝶よ花よと育てられ)

 

 

 

 この年は、十一月の酉の市が、三日間ある年であった。中日は雨でつぶれたが、前後の二日は天気に恵まれ、大鳥神社の賑わいは凄まじいものだった。

 

 この祭りにかこつけて、検査場の門から遊郭の店内に押し入る若者たちの勢いといったら……天を支える柱が砕けて、大地が隠れるかと思える様な笑い声のどよめき。

 

 中之町の通りは、突然に方向が変わったかの様に思われて、角町京町、あちらこちらの跳ね橋から、さあさあ押せ押せと、遊客を運ぶ、猪牙舟の船頭の様に威勢の良い掛け声に、人の波を分けて進む群れもある。

 

 河岸の小店の遊女達の呼び声から、最も立派な遊女屋の上階まで、弦の音、歌声が様々に沸き起こる様な面白さは、たいていの人が後々まで思い出し、忘れられない出来事だろうと、思う人もあるだろう。

 

 

 正太はこの日、日がけの集めを休ませてもらい、三五郎が出している、大頭と呼ばれる、縁起担ぎの芋料理の店を見舞ったり、団子屋のノッポの家族の、愛想のない汁粉屋を訪れた。

 

「どうだ、儲けがあるか?」

と、尋ねると、

 

「正さん、お前良いところへ来た。

俺んところは今、餡子が材料切れになってしまって、もう今からは何を売ったらいいだろう?

すぐに次を煮れる準備はしておいたのだけれど、途中のお客は、今更断れないよ。どうしたらいいかな?」

と、相談を持ちかけられた。

 

「知恵のないヤツだな。大鍋のまわりに、それっくらいの無駄な餡子がついているじゃないか。それへお湯をまわしかけて、砂糖で甘くすれば、十人や二十人前は、浮いてくるだろう?どこでも皆そうするのさ。

お前のとこばかりじゃないよ。何、この騒ぎの中で、味の良し悪しを言う人もいないだろう。

そうやって売りなよ、売りなよ」

と言いながら、先に立って砂糖のつぼを引き寄せると、片目の、ノッポの母親が驚いた顔をして、

 

「お前さんは本当に、商人に出来ていなさる。恐ろしい知恵者だね」

と、褒めた。

 

「なんだ、こんな事が知恵者のものか。今、横町のひょっとこ顔のところで、飴が足りないって、こうやったのを見てきたので、俺の発明ではない」

と、言い捨てた。そして

 

「お前は知らないか?美登利さんのいるところを。

オレは今朝から探しているのだけれど、どこへ行ったのか、筆やへも来ないんだ」

と言う。

 

「廓の中だろうかな?」

と、尋ねると、

 

「うむ、美登利さんはな、今さっき、俺の家の前を通って揚屋町のはね橋から入っていったよ。

本当に正さん、大変だぜ。

今日はね、髪をこういう風に、こんな島田に結ってね……」

と、ヘンテコな手つきをして、

 

「きれいだねぇ、あの子は」

と、鼻を拭きながら言った。

 

「大巻さんより、もっと美しいや。だけれども、あの子も花魁になるのでは、かわいそうだ」

と、下を向いて正太が答えた。するとノッポのトンマが、

 

「いいじゃあないか、花魁になれば。

俺は来年から際物屋(注釈一)になって、お金をこしらえるがね。それを持って、あの子を買いに行くつもりだよ」

と、トンマな事を言い出したので、

 

「しゃらくさい事を言っていらあ!そんな事をすれば、お前はきっと振られるよ!」

 

「なぜなぜ?」

 

「なぜでも、振られる理由があるんだよ!」

と、顔を少し染めて笑いながら言った。

 

「それじゃあオレも、一回りして来ようかな。また、後で来るよ!」

と、捨て台詞を残して、門を出た。

 

「十六、七の頃までは、蝶よ花よと育てられ……」

と、怪しげな震え声で、この頃のここら辺の流行歌の一節を言って、

「今では勤めが身にしみて……」

と、口の中で繰り返し、例の雪駄の音が高く浮き立つ、人ごみの中に混ざって、小さな体は、たちまち隠れてしまった。

 

 もまれながら出てきた廓の角で、向こうから年増の女番頭のお妻と連れ立って話しながら来る人を見ると、それは紛れもなく大黒屋の美登利だった。

 

 

 誠にトンマが言っていた通り、初々しい大島田結いに、綿のように絞りばなしを、ふさふさとかけて、べっ甲の櫛を差し込み、房付の花かんざしをひらめかせている。

 いつもよりは極彩色の、まるで京人形を見るように思われて、正太は、あっとも言わずに立ち止まったまま。

 いつものようには抱きつきもせずに、じっと見守っていると、

 

「そこにいるのは正太さんかい?」

と言って走り寄ってきた。

「お妻どん、お前、買い物があるのなら、もう、ここでお別れにしましょ。私はこの人と一緒に帰ります。さようなら」

といって、頭を下げると、

 

「あれまあ、美いちゃんたら現金な。もうお見送りは入りませぬかえ?そんなら私は、京町で買い物しましょう」

と、チョコチョコ走りで、長屋の細道へ駆け込んでいった。

 

 そこで正太は、初めて美登利の袖を引いて、

「よく似合うね。いつ結ったの?今朝かい?昨日かい?なぜ早く見せてくれなかったの?」

と、恨めしそうに甘えると、美登利はしょんぼりして、言いにくそうに

「姉さんの部屋で、今朝結ってもらったの。私は嫌でしょうがない

と、うつむいて、行き来する人々の目を恥じるのだった。

 

 

注釈一

その時の流行品を売る商

 

 

 

参考文献はこちらです。

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

  • 発売日: 2004/12/11
  • メディア: 文庫
 

 

 

 


今日の心のBGMは、巨匠ジョン・ウィリアムズ氏の「Memoris of a Geisha」でした。


Memoirs of a Geisha | John Williams and Yo-Yo Ma | Live

 

この映画も、一度、観たい映画です。

曲の方は「フィギュアスケート」の曲として、よく聴いたことがありました。

とても美しい曲だと思います。

 

お付き合い、ありがとうございます。