芸術は心のごはん🍚

家族泣かせ・多趣味女のブログです。浅田真央ちゃん・バレエ・映画・読書(小説・漫画)・アニメ(主に昔の)大好き。主に書評・映画・音楽等の芸術の感想、紹介文を書いています。時々、子育て記録・懐メロ替え歌、素人イラストもアップします。

樋口一葉『たけくらべ』現代語訳 第九章 家族の実情が「間違いだらけ」じゃないか?と思う少年の苦悩を解説

こんにちは!

今日はこちらはお天気ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 

 

今日は「たけくらべ」第九章を解説いたします。

この章は、信如の家族、つまり「藤本家」の「家族の肖像」と申しましょうか・・

信如の両親、姉、龍華時の様子、家庭における信如の苦悩などが書かれています。

 

特に

本音を心の中に秘めてしまいがちな、シャイでデリケートな皆様

寡黙で内向的で、ミステリアスな友人、知人がいらっしゃる皆様

 

に、お薦めの章です。

 

 

という訳で、勝手ながら、名曲「まちがいさがし」のイメージで失礼します。m(_ _)m

 

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たけくらべ 第九章 (龍華寺の人々 思慮深い少年) 

 

 

「如是我聞(かくのごとく、我聞けり)」

仏説阿弥陀経大乗仏教の経典一つ)」

 

 声は松風に調和して心のチリも吹き払える様にありがたいはずの、お寺様の台所の建物から、生魚をあぶる煙がなびいたり、墓場に赤ん坊のオムツが干してあるとは。

 お宗旨によって、あまり構わない事なのだろうが、そこに暮らすお方が、法師を木のはし(注釈一)と、心得ている者の目から見ると、なんだか軽率で、生ぐさく思える。

 

 信如の実父である龍華寺の和尚さまは、財産と共に肥え太ったお腹も、いかにも見事で、その色艶の良い事には、いかなる褒め言葉を差し上げたら良いのだろうか?

 肌の色は桜色でもなく、ひももの花の様に濃い紅色でもない。剃りたてた頭から顔、首筋に到るまで銅色の照りに、一点の濁りもなく、白髪も混じっている太い眉毛をあげて、遠慮のない大笑いをなさる時は、本堂の如来様が驚いて、台座から転び落ちなさりはしないかと危ぶまれる程である。

 

 和尚さまの奥さまは、まだ四十歳の上をいくらも超えていない。色白で髪の毛が薄く、丸髷も小さく結んで見苦しくなくする人柄で、参詣者へも愛想がよい。 

 お寺の門前の花屋の口が悪いおカミさんも、この奥さまについて、あれこれ陰口を言わないところを見ると、着古しの浴衣や、お惣菜の残り物などのご恩を受けているのだろう。

 

 この奥さまは、元は檀家の一人であったのだが早くに夫を失い、頼れる親類もない身で、しばらくここ、龍華寺にお針子の様な扱いで住み込んでいた。

 始めは、食べさせて貰えればそれで良い、という状況で、洗濯から始まり料理はもちろんの事、墓場の掃除にも男達の手助けをするまで働いた。そのため和尚さまは、経済的な面でも考えて、自分にとっても徳であり、その女を不憫にも思い情けをかけたのだった。

 

 年が二十ほど離れているのでみっともない事は、女も心得ていたが、他に行く所もなかったので、結局ここが良い死に場所だろうと、人目を恥じない様になった。

 檀家の者からすれば不愉快な事であったが、女の人柄が悪くなかったので、檀家の者もさしては咎めなかった。

 

 第一子の「花」という子供を身籠った頃、檀家の中でも世話好きで名の知れた坂本という油屋のご隠居さまが、仲人というのも変なものだが、事を進めて表向きのもの、つまりは正式な夫婦にしたのだった。

 

 信如も、この母親から生まれた。蓮華寺の子供は、男の信如と長女の花の二人。

 一人息子の信如は、元からの偏屈者で、ほとんど一日中部屋の中でイジイジとしていて陰気な性分の少年なのだが、姉のお花は、美肌で二重あごがかわゆらしく、人柄も愛嬌がある人。美人という訳ではないが、お年頃で人からの評判も良く、素人として捨てて置くのは惜しいと、周囲からも思われていた。

 

 だが、かと言って、お寺の娘が芸者というのはどうだろう?お釈迦さまが三味線を弾くなどとは、知られていない世の中。

 人の噂が憚られるので、田町の通りに葉茶屋を小綺麗にしつらえ、店先に、この娘を据えて、お茶の葉と愛嬌を売らせてみた。

 すると、秤の目盛りはとにかく、勘定を気にしない若者などが、何気なくこの店に寄るので、大抵は毎晩十二時を過ぎるまで店に客の影が耐えた事がない。

 

 忙しいのは大和尚。貸金の取り立て、娘の店への見回りに法要のあれこれ、月の幾日かは、説教日の予定もある。帳面をくくるやら、お経を読むやらで忙しい。

 

 これでは体が持たないと、夕暮れの庭先に花むしろをしかせて、片肌を脱いでうちわであおぎながら、大きな杯に泡盛をなみなみとつがせて、酒の肴の好物は鰻の蒲焼なので

 

「表町の武蔵家で鰻の大串を買って来い!」

 

と言って買いに行かせるのだった。

 その買い物を仰せ付かるのはいつも信如だったが、信如はその役目が骨に染みて嫌であった。鰻屋への道を歩くにも、上を見る事ができない。鰻屋の筋向こうにある筆やの店に子供達の声を聞くと、友人知人、特に表町組の彼らに目撃されて、自分の事を悪く言われはしないかと不安で、情けなくなる。

 そ知らぬ顔をして鰻屋の角を過ぎてから、辺りに人がいない隙を伺い、急いで戻って鰻屋にかけ入る時の心地と言ったら。そんな訳で信如は、自分は絶対に生臭いものを食べるまいと思うのだった。 

 

 

 父親の大和尚はどこまでもさばけた人。もともと少しは欲深で名が知られていたが、人の噂に左右されるような小心者ではない。手が暇であれば商売繁盛祈願商品の熊手を作る内職もしてみようと言う性格である。

 

 そのため霜月の酉の市には、例外なく門前の空き地にかんざしの店を開き、奥さんに手ぬぐいをかぶらせて

 

「縁起の良い品物をいかがですか?」

 

と客を呼ばせて、儲けの算段。奥さんも、始めは恥ずかしい事に思っていたが、ご近所の素人の商売で大儲けがあったと聞けば、

 

「この混雑の中だし誰にも気づかれない事だろうし、日暮れ以降は、人目にもつかないだろう」と考えた。

 

 昼間は花屋の女房に手伝わせて、夜には自ら店先に立って客呼びをしているうちに、欲が出たのか、いつの間にか恥ずかしさも失せてきたらしい。

 

「負けましょ!負けましょ!」

 

と、人の後を追って叫ぶようになったのだった。

 人波に揉まれて、買い手の目もくらんでいる時であれば、今いる場所が、来世のお参りに一昨日来た、お寺の門前であることも忘れて、お寺の奥さんが

「かんざし三本七十五銭!」

と高めに値段をつければ、

「五本まとめて七十三銭ならば買いましょう!」

と、お客も値切っていく。

 

 そんな闇の様な世の中で、その闇に紛れたインチキ商売でのボロ儲けは、この他にも有るだろうが、信如にはこうした事でも、とても心苦しい。たとえ檀家の人たちの耳には入らなくても、近所の人々からの評価や、自分の友人知人、特に表町の子供達の噂でも

 

「龍華寺では、かんざしの店を出して、信さんのお母さんが狂った様な顔をして売っていたよ」

 

などと言われるのではないか、と恥ずかしいので、

 

「そんな事はやめた方が良うございましょう」

 

と、親に言って止めた事もあったのだが、大和尚は大きく笑い捨てるだけ。

 

「黙っていろ!黙っていろ!貴様などには分からぬ事だわ!」

 

と言って、全く相手にはしてくれない。平然と朝は念仏、夕べは勘定という毎日。日々、ソロバンを手にして、ニコニコしている顔つきは、自分の親ながら浅ましく映って、なぜ、その頭を丸めなさったのだろうか?と、恨めしくもなるのだった。

 

 もともと実の両親と姉弟の中で育っていて、他人の混じらない穏やかな家の中なのだから、さしてこの息子を、陰気な少年にしてしまう原因などないはずなのだが。

 生来はおとなしいのに、自分の言い分が聞き入れられなければ、とにかく面白くなく感じる性格。

 

 父のやる事も、母の振る舞いも、姉の育てられ方も、皆、全て間違いの様に思えてならないのに、どうせ言っても聞いてもらえないのだと諦めると、何となく悲しく思えて情けない。

 友達や学校の仲間特に美登利達からは、偏屈者だの意地悪だのと見られているけれど、どうしようもなく沈んでしまう、心の弱い自分なのだ。

 

 本当は自分の陰口を、少しでも言う者がいたと聞いても、出かけていって喧嘩口論をする勇気もなく、部屋に閉じこもって人に顔を合わせられない、臆病極まりない身なのだが、学校での学業の優秀ぶりと、身分が卑しくないために、それほどの弱虫だとは知るものがいない。

 

「龍華寺の藤本は、生煮えの餅のように真があって気になる奴だ」

 

と、正太の様に、彼を憎らしく思う者もいる様だった。

 

 

 

 

注釈一

特に僧侶や尼のこと。一説によると、とるにたりない者の意

 

 

 

参考文献はこちらです。 

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)

  • 発売日: 2004/12/11
  • メディア: 文庫
 

 

 

 

 

という訳で、今回の心のBGMは「まちがいさがし」でした。

余談ですが、私は菅田将暉さん、米津玄師さん、どちらのバージョンも大好きです。

www.uta-net.com

 

 

信如も、この環境に生まれなかったら、美登利には出会えなかったのではないか?

と思った、火曜日の午前でした。

 

お付き合い、ありがとうございます。