こんにちは!
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
私の地方は、結構、強い風が吹いています。
「たけくらべ」第十二章、私なりの現代語訳、解説を失礼します。
雨風の中で、とても困ってしまった経験がある皆様
に、ぜひ読んで頂きたい章です。
なぜなら、この物語のクライマックス・シーンの前編だからなのです。
敬愛するユーミン様のファースト・アルバム「ひこうき雲」のイメージで失礼します。
季節や天候を歌詞に含んでいる曲が多く、名曲揃いです✨
たけくらべ 第十二章 (時雨の朝 格子門の前 前編)
信如がいつも田町へ通う時に、本当は通らなくても事は済むのだけれど、言うなれば近道なので通る土手前に、偶然にも格子門がある。
この門をのぞけば、京都の鞍馬の石灯籠に、萩の袖垣の、しおらしく美しい様子なのが見られて、家の縁側近くに巻いてあるすだれの様子も、親しみが持てて心惹かれる。
中ガラスの障子の内側には、今風の按察の後室(注釈一)が、数珠を指先にかけて手を合わせており、そこに、おかっぱ頭の幼い若紫も、不意に現れるのではないかと思われる佇まい。その一構えの建物が、美登利の住む大黒寮なのであった。
昨日も今日も時雨の空なのだが、
「田町の姉から頼まれていた長胴着が仕上がったので、親心としては少しでも早く着させてあげたいから、ご苦労だけれど、学校の前の少しの間に、あなたが持っていってくれないかい?
きっと、姉のお花も、待っているだろうから。」
との、母親からの言いつけを、特に嫌とも言い切れない、おとなしい真如。ただ、
「はいはい」
と、小包を抱え、ねずみ小倉の鼻緒をすげた、朴の木の下駄を履き、ひたひたと、信如は雨傘をさして出かけたのだった。
※
お歯黒どぶの角から曲がって、いつも行き慣れた細道を歩いていると、運悪く、大黒やの前まで来た時、さっと吹く風が、大黒傘の上を掴んで、宙に引き上げるかと疑うばかりに激しく吹いた。
(これはいかん!)
と、力一杯足を踏ん張った途端、大丈夫だと思っていた下駄の鼻緒がズルズルと抜けてしまい、傘よりも、これこそが一大事になった。
信如は困って舌打ちをしたけれども、今更、何とも方法がないので、大黒やの門に傘を寄せかけて、降る雨を門のひさしの下に避け、鼻緒を直そうとしたが、普段そうした事に慣れていないお坊さまである。
(これは、どうしたらいい事だろう)
心ばかりは焦っても、どうしても上手くは、すげる事ができないので、悔しく自分でもじれて、焦れて、もどかしい。
仕方なく袂の中から、文章を下書きしておいた大半紙をつかみ出し、急いでそれを割いて、こよりをよっていると、意地悪い嵐が、またもや襲って来て、立て掛けていた傘が、ころころと転がりだした。それを、
「いまいましい奴め!」
と、腹立たしげに言いながら、引き止めようと手を伸ばしたら、今度は膝に乗せておいた小包が、意気地もなく落ちてしまい、風呂敷は泥まみれ、自分の着物の袂まで汚してしまったのだった。
※
見かけて気の毒といえば、雨の中で傘がなく、道中で下駄の鼻緒を踏み切った人ほど、気の毒な状況はない。
美登利は、障子の中ながら、ガラス越しに遠くを眺めて、その様子に気がついた。
「あれ、誰か鼻緒を切った人がある。
母さん、布切れを使ってもようござんすか?」
と、たずねて、針箱の引き出しから友仙ちりめんの切れ端をつかみ出し、庭下駄を履くのも、もどかしい様子で駆け出し、縁側の外のコウモリ傘をさすよりも早く、庭石の上を伝って、急ぎ足でやって来たのだった。
※
門前のその人が信如だとわかった途端に、美登利の顔は赤くなった。どの様な一大事にあったのかという様子で、胸の鼓動の早い響きを、人に悟られはしないかと後ろを気にしながらも、恐る恐る門のそばへ寄った。
その時、信如も、ふっと振り返ったが、こちらも無言のまま。脇を冷や汗が流れるのを感じて、恥ずかしさに、いっそ裸足になって逃げ出したい気持ちになっていた。
いつもの美登利なら、信如が困っている様子を指差して、
「あれあれ、意気地のない人!」
と、笑って笑って笑い抜いて、言いたい放題、憎まれ口を叩いた事であろう。
「よくも、お祭りの夜には、正太さんをやっつけるといって、私達の遊びの邪魔をさせたわね。
罪のない三ちゃんを叩かせて、お前は高みで采配を振るっていたのでしょう?
さあ、謝りなさいよ!さあ!どうでござんすか!
私の事を女郎女郎と、長吉なんぞに言わせるのも、どうせお前の指図でしょう?女郎でも良いでしょ?何が悪いのよ!ほんの少し、ちり一本だって、お前さんの世話にはならないわ!
私には父さんも母さんもあり、大黒やの旦那も姉さんもある。
お前の様な生臭坊主のお世話には、絶対にならないのだから、余計な女郎呼ばわりは、やめてもらいましょ!
言いたい事があるなら、陰でクスクス笑っていないで、ここでお言いなされ!
お相手には、いつでもなって見せまする。さあ、どうでござんす?」
と、袂を掴んで、まくし立てる勢いのはずである。
本当にそうであったなら、信如も反論しづらい状況だっただろうに。
実際は物も言わずに、格子の影にそっと隠れて、そうかと言って立ち去るでもなく、ただ、もじもじと胸をどきどきさせているのは、いつもの美登利の様ではなかった。
注釈一
源氏物語の登場人物で、若紫の祖母
参考文献はこちらです。
という訳で、心のBGMは、ユーミン様の「雨の街を」でした。
余談で・・余談で失礼しますが、
個人的に、歌詞の2番を聴いていて、魔法魔術学校の校長先生が、脳裏をよぎってしまった、
土曜日の昼下がりでした。
クライマックスは、次回(後編)に続きます。
お付き合い、ありがとうございます。